順境の日には楽しめ (2026.5.6 FC岐阜戦レビュウ❶)

アウェイ岐阜戦(ナイトゲーム)は、

3 – 0 の勝利。

ゲームの出来も、スコア同様に、素晴らしかったと思う。

現地参戦のファン&サポーターの皆様、お疲れ様でした。
ありがとう。

DAZN画面からだと、

山雅プレイヤーのユニフォームが、汗でしたたるように濡れていたから、けっこう体力的にきつかったかも知れんが、

鍛え上げた技量の個が、

チーム規律としての、ボールおよびボールホルダーへの寄せを、前方向に繰り返すことにおいて手を抜かないことが、

戦うやり方の統一感や、整備を、強く印象づけた。

たとえ。

岐阜さんが、妙に淡泊で、得意の繋ぎに精彩を欠いていたにせよ、

順境の日には楽しめ (旧約聖書伝道の書7章14節)、とひたすら、勝ちを喜ぼう。

この聖句の後には、対句として、

〈逆境の日には考えよ〉 が続くんだけれど、

まぁ、そうなったら、そうなった時のこと。

さて。

ふたつのスターティングメンバー表を、

コインの表裏のように用意しておいて、それを交互に使って、連戦を凌ぐ。

すると。

5連戦最後(5/10)は、どうなるのかは、おおいに楽しみ。

もちろん。

どっちが表で、どっちが裏、なんてのはまったく感じさせないほどに、昨夜は良いゲーム。

だから、

後半から途中投入された、レギュラー陣が、

下手にチームの一体感を水で薄めることがなくて、救われた。

磐田戦は、ある意味、余計なことをしてくれて同点弾をくらったから。

3失点して、岐阜の守備から粘着性が消失したようにみえたので、

最終盤、時間稼ぎに走らなくとも、

4点目を狙ってもよかった、というのは強欲すぎますかね?

では。