畳の上で死んでいたら。

死者を鞭打たない、というのが礼儀、とは思っている。

すくなくとも、やがて時が経ち、歴史的にその人の評価が定まってくるまでは。

弔い方をどうやろうが、そのことで、逝った御方の人生の重みが変わるわけでもありぁしない。

そもそも葬儀なんてのは、生きているこっち側が、内外の区切りをつけるためにやることであるから、眠っていらっしゃるご本人からしてみれば、腑に落ちないこともあるんじゃあないか?

だから、他人の告別式についていろいろ語りたくもないけれど、ただ、ひとつ。

畳みの上でフツーに亡くなったら、はたして国葬、などと言い出したのかね?

あの犯罪ひとつで、どうこうなるような民主主義ならやめたほうがいい。

(本来、ふらふらしながらやっていく政治的妥協の手続きが、民主主義なのだ)

お国のために殉じたのならともかく、幹部政党内の割り当てとして現場に出向いたのではないか。

不慮の死を、国を挙げて悼むとしたら、アルトイン セナ級でないと〈国葬〉の二文字が泣く。

まぁ、秋風が立つくらいに、どうでもいい話ですけどね。

では。

註;画像はセナ搭乗機にはあらず。