どこで やっても勝つ力 (岐阜戦レビュウ❸)

❶ ここ半年以上、ホームでなかなか勝てていないのは、事実。

ホームで、日曜日よりの使者を聴きたい気持ちは、わかる。

けれど、山雅が、格別にホームで拙いサッカーをしているわけでもなくて、要は、難しい相手とのゲームが続いているからに過ぎない。

もちろん、チームやプレイヤーの心がけが悪いからでも、ないだろう。

強いチームならば、どこでやってもゲームをモノにする確率が高いわけだし、ホームでやることについて、客観的なアドヴァンテージがいかほどなのか、因果関係を証明するデータは、あるんだろうか?

要は、主に、キモチの領域なんですな、これ。

……、美濃国の空の下、長良川のアウェイゴール裏で、

案外、アルウイン(の観衆) の勝たせる力が、ここのところ減じているんじゃあないか?、などと思えてきた。

これは、流行り病で声援が封じられている事情が大きいけれど、ホームで勝てない、については、もしも、やってるプレイヤーに何かを求めるのなら、観ている側にも、なんらかの不足があるのでは?、などと……。

すくなくとも、スピーカーから音量大きく流すことではなく、ライブでもっと高揚感を打ち出せること、おそらく、いちばんは視覚効果、そんなことぐらいしか思い浮かびませんがね。

まぁ、言えることは、どこでやっても勝つ努力をしておくれ、それだけ。

敢えて、決して大っぴらには言えないが、レフェリーのジャッジを当方に有利に導くような、アルウィンの雰囲気創りは大切か。

❷ 特に、ここ2年、ヤスい失点の山につき合ってきた失望が底にあるので、極端に失点を怖れてしまう。

たとえば、2点差をつけないととても安心できない心理が、それ。

これを、悲しく切ない、クリーンシート(失点0 ) 願望と呼ぶにせよ、とにかく、そこばかりが、言及される昨今。

おそらく、守備は、決まり事を厳格にすればなんとか格好がついてくるけれど、攻撃は決まり事以上の、着想と技量がモノをいう世界。
ゆえに、守備の確立から入る、と言う順序なのか知らん。

ただし、僕の場合は、失点しないに越したことはないけれど、そもそも、得点しなきゃあ勝ちは転がり込んでこないのだから、まづは、ひとつでも多くのゴールシーンを、熱望する。

弱みを克服しようとするよりも、強みで弱点を無意味なものにしてしまう、そんな風に生きていきたい。

今季を観ていると、若手が、まったく物怖じすることなく中堅世代と融合しつつあるから、その躍動を、多く攻撃面に向けてもらいたい、とひたすら願います。

以上、きわめて、個人的な感想に過ぎません。

では。