月曜日、会社に行くと、
ビートル氏は、― いやぁ、辛い負けだったねぇ。
モモ氏は、― 次、頑張りましょう!
ありがたきは、そっと山雅を見守ってくださる方々。
さて、舌足らずであった昨日のレビュウを、2回に分けて補足します。
娘は、山雅ファン歴においては萬年より古いんですが、現在は子育ての真っ最中ということもあって、栃木戦が、今季初の現地観戦でありました。
そこで、ゲームが押し迫った頃を見はからって、現在のチームの感想を訊いてみた。
― 皆、そつの無いプレイをしているとは思う。
けれど、サイドをひたすら前後に走り続けていた玉ちゃん(玉林 睦実) が発散していた、あの鮮烈さは感じないわね。
これを聞いて、そうだ、萬年が最初に名を憶えたのは、あの#14 だったんだ、と今更に気づかされた。
娘が現所属のプレイヤーの特長に疎い、という事情はあるにせよ、山雅愛の湧き出てくる秘密が、玉ちゃんのプレイには在った。
それは、単に気持ちとか、精神論云々ではなくて、あくまで、培われた、強みのプレイとして表現された何かによって、であったはず。
これ以上巧く言えませんけれど、これ、昔のようにやれ(先祖返り)、ということでは、もちろんありません。
田中パウロ、榎本 樹、村越 凱旋、このあたりから匂ってくるもの。
彼等が、我一流の強みを前面に出そうとプレイする姿勢。
言い換えると、プロとして、何によって他人に憶えられるのか?、の追求。
個のプレイが、チームへの貢献という責任感によってひとつに結集されていくこと、そこのところを見守りたい。
では。