『山雅人』の創刊に思ふ。

やまがじん、と読むらしい。

月刊誌、A4版48ページ。一冊、980円。

クラブ監修とあるから、オフィシャルブックの単月版、と思えばいいのか。

山雅もここまで来ましたね、と感慨深い。

ただ、いろいろ葛藤したんだが、購読は、なぜか思いとどまっている次第。

山雅がJリーグにやって来た、2012~2013年。

当時、萬年は、単身赴任で山梨(中央市)に在住。

アパートから歩いて数分の山梨大医学部グランドでは、ヴァンフォーレの練習風景を眺めることも、たまにあった。

で、近くの書店に行けば、月刊ヴァンフォーレ(そんな誌名)が、サッカーダイジェストの横に平積みされていた。

いつか山雅にも、こんなマガジンができればなぁ、と思ったのも懐かしい。

あれからほぼ10年。

着実に前に進んでいることを喜ぶんだけれど、勝手な注文を言えば、山雅人が、市中の本屋さんの店頭に並ぶことを切望してしまう。

かならずしも大きな声は発しなくも、山雅の勝利を喜んでくれるフツーの松本市民への露出こそが、必要なのでは?

先日のヤマハスタジアム。
萬年の(ひとつ空けて)横に座ったご婦人と会話する機会に恵まれた。

聞けば、この方は浜松在住で、当日は、特に#11を応援(見る)つもりでご来場とのこと。

あまり、サッカーについては知らない、とおっしゃる。

で、ちょいちょい問われるたび、今のがなんでフリーキックになったのか?、ゴールになってもなかなかアナウンスが無いのはですね、おそらくオウンゴールでしょう、とか解説した。

阪野とのゆかりは聞きそびれたけれど、他にも、松本以外の地から参戦しているとおぼしき観客がいらっしゃった。

つまり、実にさまざまのキッカケと事情を持った方が、〈山雅〉ひとつでつながって、同じエリアに席を占めていることに思い当たったのだ。

サッカーのルールになんか精通していなくとも、結構。

誰でもがウエルカムされ、アプローチできる、山雅であってもらいたいんです。

収益確保と出版物の存続、という経済の切実を棚上げにしておいて、言いたいことを申し上げる回となりました。

では。