2026特別リーグ とは何だったのか。

時間つぶしが本質だったリーグ戦の、印象深かった点とは……、

❶リーグ間の統計論的な、勝敗の比率は存する。

が、2部と3部チーム間の対戦における大きな勝因は、つまるところ、

その時点での、チームの出来上がり、

つまり、個の技量 8割 プラス 2割の連携度、

そこが、どれほど高く、深いか?、に因る。

それが、あからさまになった。

技量を持つ〈個〉の定着と発揮が、まづあって

インテンシティ、アジリティなどは、もはや、その有無の是非を議論すべきことでなく、きょう日のサッカーにおける前提に過ぎないことも。

だから、リーグに特有のサッカー、なんてものは幻想。

あえて言うなら、

技量の巧拙を、あらかじめどれくらい織り込むか? の程度に過ぎない

❷特長に秀でたサッカーを。
みづからがゲームを率先する、を特長とするサッカーに、勝利は傾く。

対処的なサッカーは、緊急的、一時避難的に発動すべきもの、と思う。

たとえば、長野が、アウェイ松本戦で試行したもの。

やはり、ボールの主人公 = ゲームの主人公。

得点時は、たとえ方法は異なっても、かならず、ボールを握っているのだから。

そのためには、ボールの主人公になるための守備

例として。

攻撃性がめだつ福島のサッカーこそ、守備(奪取)を前提とする。

2度負けた腹いせではないが、小声で言うけれど

ヴァンフォーレ先輩は、堅いゲームはできる(守備陣は優秀) が、

あれが、スペクタクル(=面白い) なサッカーなのかいな?

❸相当に高いハードルが待つ。
ゲーム毎では、2部チームに手が届く、つまり、ほぼ対等にやれて、

観られるゲームにはなった。

けれど。

2部リーグへ到達(昇格)する橋を渡ること、浮上すること。

これは、まったくの別物で、エナジーは必要。

幸いに、指揮官は続投、

サッカースタイルは、6箇月かけて敷設しつつある。

ならば。

山雅湖の、僕らの天井の結氷からは、明るい陽光が洩れてくるではないか。

今は、チーム編成の上積みを見守りましょう。

では。

未練の言い訳に走るなら (奈良戦レビュウ❸)

☞指揮官や、プレイヤーのゲーム後コメントは読んでおらず、したがって、
的外れだったら、ご愛嬌。
あくまで、萬年式のうがち、ですので。

奈良戦の難しさは、

ひとつ。
タレントふたりの引退試合という伏線があったこと。

ふたつ。
前半のうちに、ポンポンと あっけなく2失点してしまったこと。

珍しく、最基底部での守備が、淡泊というか、そこに居るべきところに居ないという様相。

とにかく。

これで、後半の戦い方を整理するのが、なかり厄介になった、と思う。

前半をみていて、

むこうの2ボランチに対しては、

たとえば、松村を下げて、深澤とツーボランチとし、

センターバックを 2人にする、つまり、4バックにしてしまうのも手かな?、と僕は、思っていた。

でないと、中盤における優位は、こっちに引っ張ってこられないから、
パス阻止、ボール奪取が期待できない。(奈良の上手さをもってされると)

結果としては。

センターバックには手をつけずに、

松村に代えて、アレンを入れ、ワントップ、ツーシャドウにして、村越も加勢する格好で、

相手のセンターバックからボランチへのパスコースを不自由、あるいは消去する方策だったと思う。

山形戦は、後半からの手当て(=交代)が、いつもより、10分くらい早かったが、

奈良戦は、それと対照的に、10分くらい後ろにずれ込んだ。

……これらの差配については、是非を問うものではない。

祥平さんの強みは、もっと長時間観たかったけれど。

要は、奈良戦のやりくりについては、

観ているこちら側が、多少の斟酌をしなければならないのではないか。

……以上、単なる感想です。

では。

さらなる強みへ。 (奈良戦レビュウ❷)

もう一年 やってくれよと 吐く弱音

このゲーム、

山雅になにが欠けていたのか?、と考えてはみるものの、

結局。

あれだけ上手く、活きの良いサッカーと対戦したら、

いまのレヴェルだと、あれが限界、と断ずるしかないのかも知れない。

さて。

奈良は、4 – 2 – 3 – 1 を採ってきた。

対し、山雅は、3 – 3 – 2 – 2 。

深澤をワンアンカーにおいて、澤﨑と松村が、ツーシャドウ、で、その前に、

村越、加藤のツートップを置く。

ひとつ。
こうすると、奈良の中盤(ボランチ#10と#50)が 2枚。

対し、こっちは深澤ひとりとなって、数的に不利となる。

その防止策とは、

ふたりのシャドウが、ボランチ的に適宜、中盤もこなすことで

三角形が上方に開いた▽格好で相手の中盤と対峙することが、山雅手法、と僕は、思ってきた。

奈良戦では、ここが機能せず、

特に、松村の立ち位置に、チーム的な統一感が欠けた。

ハイプレスを敢行したい加藤は、盛んに、連動せよと、松村に前進を要求、

ところが、松村は、

自分の前方に位置する 相手#10へのマークを考えてだろう、そこを外すわけにいかない風情。

これが中途半端となって、結局は、

ふたりのフォワードで前線からプレスをかける山雅に対し、

ボランチひとりが最基底に落ちて3バックとなることで、数的優位を保つ奈良が、

もうひとりのボランチにボールを収められることで、そこから、サイド、前方にボールを展開した。

安永、という個性の不在だけでは済まされもせず、

多くは深澤を経由して攻撃に転ずるやり方の再考、

つまりは、べつのボール経路の開発(by チノ氏)、も必要。

ふたつ。
どうこう言っても、

およそ、すべてのポジションで、

ボール保持のレベル、それから、ボール奪取の執拗さに優れた奈良であったから、

山雅に、手のほどこしようがない、後手にまわる感が生じたのは、当然ではありましたが。

みっつ。
目の前の相手を捕まえ切れない状況下、

守備面でも、相手を放してしまう、寄せが甘くなる、そういう格好の 2失点。

……極言すれば。

強固な守備と、前線からの鋭い追いかけまわし。

これを、連動と一体性を保って続ける、といった〈強み〉が、

その上をいかれてしまって無力化された、それが、奈良戦の正体であり、課題。

では。

あっけらかんの完敗 (2026.6.6 プレイオフ奈良戦レビュウ❶)

0 – 2 の完封負け

いやいや、あっけらんどころか。

チームは、連動性なく、もがきながら

今季いちばんの、徒手空拳っぽいゲームを、強いられていました。

山雅がおかしたファール 16個 (奈良は 8個)、もらったイエローが 3枚。

それが、ゲームを握れなかったなによりの証拠。

そんな不出来は、隣で観戦しているご婦人にも了解されて、

このゲームで推せるプレイヤーは、残念ながら、山雅の側にはなく、

奈良の、#17 田村 翔太の、

ゴールを陥れようとする、熱心と強欲が溢れたプレイぶりを、

― 彼、これで、リーグ 15点よね、と高く称賛していらっしゃる。

たしかに。

こうなったら。

かつて浅川を呼んだように、

このリーグ得点王を、熱く誘ったらどうだろうか、山雅。(いや、冗談でなく、フォワード陣の手当ては必須ゆえに)

……無理にこじつけるとしたら、

中途半端なリーグの性格が飽きられ、

かつ、奈良クラブの知名度の低さもあっての、6,000人を下回る観客であったと思いますが、

それとまるで整合するように、

山雅のチーム創り込みも、ひとつの踊り場で一段落したかの風情。

ま、それだけ、本リーグまでの 1か月のパワーアップに期待するのみですけど。

しかし。

あれだけ素晴らしく仕上がった奈良クラブが、アルウィンで目撃されなかったことは、けっこう大きな損失だった、と思いますよ。

あぁ。

これほどの好チームと、来年までに、2回は戦わなければならないといった、しんどさと、お楽しみ。

大分さんを、それこそ笑っていられない敗戦。

では。

梅雨入りしたので。

 さつき雨 田毎(たごと)の闇と なりにけり       蕪村

庭では、紫陽花も立葵も、まだ花をつけないけれど、

僕の感覚では、

一昨日か、昨日、ここらは梅雨入りしたに違いない。

だから、今日のアルウィンにはレインウエアを持っていこうか、どうしよう。

でも、こんな季節だからこそ。

It Never Rains in Southern California〉(1972年発表) を聴こう。

カリフォルニア州の南部、ロサンジェルスあたりへは行ったことがないが、

はたして、雨は少ないのかね。

アルバート ハモンドがヒットさせたこの曲の歌詞は、

ハリウッドで成功するために、ボーイングのジャンボ747でカリフォルニア州にやって来た役者。

が、彼、なかなか芽が出ず、捨て鉢な気分を歌う。

南カリフォルニアは雨が降らない、なんてウソだろう、って。

カリフォルニアの明るさとは大違いで、かなり暗い気持ちなわけです。

いやはや。

では。