失点の価値。(大宮戦レビュウ❷)

ふたたび、繰り返すんですが、

大宮戦の出来(=ゲーム内容と得点)を、真に受けてしまうと、今後のタメにならないのでは?、といまだ思う萬年。

いやいや、そうではなくて……

ボール奪取の指数において、大宮と松本は、リーグ40チームの、1位と2位を争う。

その大宮に対し、特に、ゲーム前半、

我らがキャプテン 深澤のボールを奪う仕事が、いつもと比べて、執拗にやってる感に乏しかった。

仕事はしていたが、いわば、存在感で希薄だった。

その理由は、おそらくふたつあって、

ひとつは、あいてボランチと対峙するよりかも、

相手の2列目、たとえば#11、とのマッチアップが多かったこと(つまり、山雅がチームとして、敵陣の高い位置まで押し上げていた)。

ふたつめは、単純に〈奪取〉において、山雅のほうがはるかに、迫力と熱心とエナジーで豊富だった。

……こう考えれば、大宮が、特段に不調だったわけではなくて、

我等が、ただただ自己サッカーの追求で優っていた、でいいではないか。

大宮の監督さんは、〈ゲーゲンプレス〉という用語を使っているらしいけれど、

ゲームでは、そんな言葉を持ち出さずとも、山雅がそれを、90分間体現していた、と。

☞ この推断は、次節の札幌戦での、見極めとなるだろう。

さて。

今節、宮部にMVPがいったことが象徴的だったとおり、

ゲームを獲った根底には、

あいかわらず、センターバックの良き仕事があったことは間違いない。

たとえば。

同点弾を浴びた、コーナーキックのシーン。

あれは、オリオラ サンデーこの日いちばんの貢献で、彼に身体を寄せられために、

高麗の体幹が崩れて、ジャンプをマトモにできなった要素があった。

ただ、失点の瞬間。

山雅のセンターバックふたりが、体ごとゴールマウスに突っ込んだ。

あの執着心には、ひとつなりとも失点を許すまじ、といった

守備の規律と覚悟を感じます。

軽い失点を減らし、失点を重視する気風、これは常に大切。

ここのところ、(位置によっては)セットプレイのキッカーとなり、

あるいは、スロウインをしたりと、

なにかと受け持ちが増すセンターバック。

いまの レギュラー3人のポジションを脅かすプレイヤーの抬頭が、大いに、求められます。

では。

『圧巻』に関する自問自答 (対大宮戦★印象論)

4 – 1 の勝利。

このスコアは、まさしく、〈圧巻〉の部類だから、

2か月前、無念の敗北(1 – 2) を喫した相手に、これだけやり返せたのなら、素直に喜べばいいものを。

他方、こころのどこかに、

大宮さんねぇ、

少なくとも、1 – 3 とされた後半はじめ、

杉本 健勇を投入はしたものの、あの程度の変化を、〈修正〉とは言わんのですよ、

それとも、あくまで自己流貫徹でやって、形勢逆転できる、と踏んだのか。

大宮の戦術的カードがこれきり、とは思いたくないが、

相手が、マジメに対処しなかったがゆえの、ぬか喜びではあるまいか?

……などと、一抹の不安が湧いて来てしまう。

万が一、3部リーグ相手、と考えているのならば、

当方としては、これが、昨季2部のプレイオフまで進んだチームなのかい?、と愚痴でも吐いてみたくなる。

その大宮では、#45、#11が、目立った程度か。

このふたりで創ったシュートシーンでは、

宮部の(身体で弾き返した)ファインセーブがなければ、

ゲームの成り行きは決定的に変わっていたかも知れない。

ゆえに、宮部のMVPには、まったく異論はありません。

けれど。

このゲームの、萬年的MIPは、1ゴール2アシスト(3、4点目のラストパス)の

村越 凱光、としておきます。

では。

あえて異質のサッカーで攻める(大宮戦プレビュウ❷)

大宮の強さは、前節のFC岐阜戦が、証明している。

後半は、岐阜の反撃に手こずったものの、

前半だけで 3得点して、クリーンシートで圧倒した。

(岐阜に) 2度追いついて、やっとこさドローに持ち込んだ山雅からすると、

大宮のほうに優位が存するは、自明。

ただし。

岐阜の完敗には、ひとつのカラクリもあって、つまりは、

カウンターを得意とはするが、パス多用で相手陣内に入っていく岐阜サッカーにとってみれば、

大宮は、岐阜にとっての、完成形でもあろうから、

アルディージャからするとわりと組みやすく、

かつ、岐阜のカウンターのお株を奪うような攻撃を見舞えばよかった。 

ゆえに、今節のゲーム、ポイントは……、

❶前線からのハイプレスを敢行する山雅に対し、個と連携の上手さで、その出足をはがす、かわすで、大宮は山雅のサイド深くへと侵攻するだろうから、

いかにして、はがされないか?、

たとえ、はがされても、2度、3度追いしてボールを奪回できるか?

陣形が、特に縦に緩むと、中盤にスペースが空くから、そこを使われて効果的なパスを、サイドに向けて、ゆるしてしまう。

ちなみに、大宮の得点は、〈クロスから〉がいちばん多い。

パス使用を極小化して、ひたすらロングカウンターを狙う手もある?

❷大宮は、失点の50% を〈セットプレイから〉喫している。

あまり被ファールは期待できないけれど、

出来る限り相手陣内の奧で、セットプレイ(含むCK、ロングスロウ)を獲るべく、深く侵入しよう。

……この2点。

後半のガス欠は、ほとんど心配ないから、

いわき戦のゲームの入りが比較的良かったように、

はじめから飛ばして、相手にストレスが溜まるような、長いハイボールを織り交ぜ、こっちのリズムをつくりたい。

では。

我が立場の明確であるから (大宮戦プレビュウ❶)

ホームで大宮アルディージャと戦うについては、

たしか。

アルウィンでは、2018年以来 勝っていない。

なれば、積年の遺恨を晴すべく、闘おう。(……とまづ煽っておく)

恨み、といったところで、

蹴来するチームとサポーターは、

元来が、トップリーグの香りただよう、育ち良き皆様ゆえ、それにふさわしい歓迎をいたさねばならぬ。

小声で申せば、

アウェイ来場数も見込めるお得意様であるから、10,000人クリアに貢献していただける助勢、と考えよう。

……さて。

前半戦でも指摘した、(と思う)けれど、

資金的にも磐石で、トップチーム人件費は、山雅の (おそらく)2倍近くを投下しているクラブであるので、

これはもう、プレイヤーの技量は、むこうに優位があるは、歴然。

しかも。

詳しくは存じないが、これまでの戦績も、うちより良かろうから、

チームの熟成度にも、一日以上の長あり、のはず。(監督は 2季目?)

これほど、あからさまに、力量のシーソーが向こうに傾いているので、

我等が立場は、完璧なる挑戦者、とじつに、明確だ。

つまり。

胸を借りるフリをしておいて、(あくまで狡猾を織り込み)

走り倒し、奪い倒し、置き去りにし尽くして、ゴールネットを、何回か揺らすこと。

これこそ、今節の眼目と爽快でありましょうし、この曲を聴けたら、なお良い。

では。

あまのじゃくと花ざかり。

やれ、桜だ、み吉野だ、と。

この時季、あたり前に過ぎるお題目で、陳腐なこと。

横を通り過ぎる時は愛でもするが、

わざわざ出かけて行ってまでして、観桜はしないかな。

と、うそぶいては、

新古今和歌集の〈冬歌〉のところをめくっていたら、

駒とめて袖うち拂(はら)ふかげもなし 佐野のわたりの雪のゆふぐれ   (藤原 定家)

が目につく。

おそらく、これは、

同歌集の〈春歌〉に収まった、親父である、皇太后宮大夫俊成 (=藤原俊成) の作、

駒とめてなほ水かはむ山吹の はなの露そふ井出の玉川 、を意識しているんだろうが、    (☞山吹の花に露がしたたる清流で、乗る馬に水を飲ませよう……の意)

なかなかに、技巧的な一首。(定家の得意顔が、目に浮かぶ)

袖に降りつもった雪をうちはらう馬上の殿上人(公家)、といっておいて、

瞬時に、そんな姿はみえないけれど、と打ち消してみせる。

ゆかしき華やかさの、突然の否定。

寂寥として暮れかかる、なにもない冬の野が、いっそう引き立つ効果。

作者が、言葉によって読み手を翻弄する手法のひとつだ。

調べれば、このネガティブなトリックはきっと、定家より前に開発されていると思いますが、

近くでは、石川 啄木や、寺山 修司も使っているから、

日本短歌、あるいは、日本的抒情に存する、根っこのひとつなのかも知れない。

では。