演歌を変えた 演歌。

……と言えば。

僕の中では、断然、『北の宿から』にトドメをさす。

演歌を変え、かつ、都 はるみ、という歌い手の可能性をも拡張した。

どこかで度々書いたけれど、シングルが発売された 1975年12月、

監督一年目の長嶋 茂雄率いる読売ジャイアンツが、屈辱のリーグ最下位に終わって、東京の冬景色が、ことさらに寒々しかった。

それは、余談。

数日前。

都はるみ公式Youtubeチャンネルが存在しているのを知って、嬉しくなった。

この演歌歌手は、どうしているんだろう、って、時おり頭に浮かんでいたから。

1,000以上のチャンネルを持つ、無料インターネットラジオの〈Accue Radio〉(米国発) には、ワールドミュージックのひとつに、

〈Enka〉チャンネルがあって、

日本のTVやラジオ局では、いまや決して流さないであろう曲が、24時間中、つぎつぎと演奏されている。

演歌とは、タンゴ、ブルース、(コーラスとしての)ドゥワップを下敷きにして成立した、日本の流行歌という定義(by Wiki) は、なかなか面白い。

ジャンルとして形になってから、ほぼ 100年が経つが、

都 はるみと、ほぼ同じ頃の生まれで、流行歌手として、双璧をなすのが、

ちあき なおみ。(もちろん、萬年式ランキングによる)

その良さとは、

情感に流れ過ぎずに、しかも、哀しい感情を呼び起こす歌唱力だ。

そのへんは、『さとうきび畑』をお聴きになると、よく納得できると思うが、

今回は、佐々木 勉作詞作曲の、この曲で。

では。

画帳の残りは……。

森田 童子が亡くなってから、この 4月で 8年が過ぎた。

安田講堂に立てこもった学生を、機動隊が実力行使によって排除した 1969年、

森田は、17歳だった。書き物を読むと、高校中退、とあるから、この頃か。

高校くらい出ておかないと、履歴書には、中卒と記載しなくてはならないのに、

……なんてのは、世俗にまみれたオヤジの感想に過ぎず、

それが、ご本人の意思のマットウならば、要らぬお節介。

首尾一貫性がなく、なにごとにも飽きやすい僕からすると、

どの歌をとっても、あぁ、森田さんね、と腑に落ちて聴けることが、その存在感だろう。

歌い手としては、30歳ごろに公けから姿を消したらしいが、

森田 童子の、歌を描く〈画帳〉は、それから先が埋められることが、一切なかったのだろうか。

……彼女の歌の在り方からすると、そんなことが、かなり気になる。

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では。

〈白〉でダメを押す。

ユリ(百合)、それと、白色を話題にしてきたのだから、

もう、この歌で締めるしかあるまい、というお話でございます。

1969年10月の発売。

作詞作曲は、フォーククルセダーズの面々。

この年の1月、全共闘の学生らに占拠された安田講堂(東大の)が、大学当局が導入した機動隊によって封鎖解除された。(安田講堂事件)

かっこよく言えば、

60年代の最後は、

当時の青年(大学生)には、体制にはかなわなかった、という虚無感が漂ったらしいけれど、

実は、僕が体験していない時代感覚であって

つまりは、知っているようなふりをして、言ってみるに過ぎない。

知らないことを知っているかのごとく振る舞うのは、やはり不純でいけない。

……グッドソングは時を超えて残る、ただ、それだけのことにしておこう。

では。

まさか,白で染まるのか?

― やっぱりね。あたしだって、アウェイ用なら購入してもいい、と思うもん。

公式サイトで、2nd ユニフォームが完売したとのリリースがあって、それを、家人に伝えた時の反応なんである。

― 日本チームのアウェイ用につながるものがあるしね。

何故、そこでナショナルチームユニフォームが登場するのかは、僕には不明だが、

たしかに。

今季の場合は、2ndのほうが、クラシカルな雰囲気を醸すのには成功している。

生地の織柄に凝るのをやめて、ソリッドカラーの組み合わせで勝負しているのは、欧州を感じさせていい。

けれど、

では、なぜ、ホーム用が、イマイチかというとですね。

前面の中央にあしらった、一本ストライプの緑色が、だいぶん中途半端だった。

あれは、アイスブルー、あるいは、ディープパープル(その場合、エンブレムは金糸になる)を選ぶと、

地の色とのコントラストが強烈になって、シャープな感が出る。

クラシカルとは、オーソドックスであることなんだが、一歩間違えると、平凡に堕す。

こういうところに、ミドリへのこだわりが裏目に出てしまうんですね。

― でもって、今年は、ゴール裏も、白で染まるのよ。

― まさか……。

ま、それでも新鮮で、かまやしないけれど。

では。

攻めよ,常に。

フィールドマネジメントでは、まづ守備の憂いを絶って攻撃へ、でよろしいけれど、

経営マネジメント面では。

親企業も責任企業も持っていない、〈草の根市民〉クラブの山雅であるから、

収益獲得のためには、常に攻撃的な営業活動を続けなければならない。

あっちですこし、こっちですこし、とお金集めに奔走だ。

なので。

公式サイト上、新規パートナーがまたひとつ紹介される度、安堵を憶えている。

(年間の売り上げが 1.7兆円で、昨季までパートナーであった某企業名が出てこないのが、チト心配だが、朗報を待つ)

とにかく、もっともっと攻めてもらいたい、と願う。

ファン&サポーターが、お気に入りのグッズを買うことで、結果、収益に貢献するのとは、まったく別次元の話なのだ。

これは、我がクラブの発端、誕生史からの必然事であって、

それが嫌なら、

どこかの会社に、クラブごと買い取ってもらう手もあるだろうが、

そんなオイシイ話はそうそうないし、

しかも、そうなったら、

表向き(=体裁) はともかく、実質、市民クラブの看板は下ろすのが、仁義。

ジュビロ(ヤマハ発動機)、ヴォルティス(大塚グループ) のように。

あるいは。

ここ8年の動向では、町田ゼルビアが、それ。

年間売上 0.9兆円の企業(サイバーエージェント)の代表者が、クラブ社長を兼任し、

クラブ売上、年58億円(トップチーム人件費25億円)を、ポンと出してもらえれば、

それはもう、よほどのヘマをしない限りは、戦績が読めるから、

ゼルビア ファン&サポーターの、毎ゲームの愉しみは、大きかろう。

つまり。

ゼルビアサポーターの懸念すべき事項は、ただひとつ。

買収してくれた企業のトップの、サッカー熱が醒めてしまうこと。

それ以外には、ない。

では。