もっと先のサッカー (U23アジアカップ)

― へぇ~、DAZNで観られるんだ、と知ったので、

日本 vs ピープル’ズ リパブリック オブ チャイナ(PRC) の決勝戦を、フルゲームで観戦した。

PRCの若い世代のサッカーがどんなんか?、にも興味があった。

最大の印象は、

指導者の教えに忠実で、5 – 3 – 2 の陣形で、キチンとやってること。

ゲーム終盤をのぞけば、酷いファールも少なくて、

時折、おぉっ、と魅せる技量を有す。

ただし。

日本との力量差からすれば

❶カウンターによる速攻。

あるいは、❷ロングボールを、相手最終ライン裏狙いで入れて、そこでフォワードがDFを剥がしてシュートまで持っていく。
と、❸セットプレイ。

この3つが、彼らにとっての現実的な活路。

他方。

日本は、U21世代で参戦し、Jのトップリーグ(多くが)所属か、あるいは、大学生のトップクラスの集合体。

だから、ゲーム様相は、

トップリーグの若手混成と、3部リーグ相当のひとつのチーム(PRCが)がやっている様相となって、

サラリと言えば、勝ってアタリマエ。

なんだけれども、手を緩めることなく勤勉さに終始して、

4 – 0 は、立派だろう。しかも、まだ2~3点を上乗せする可能性を持つ。

美点をふたつだけあげれば。

まづは、センターバック。
4バックでは、実質ふたりで基底ラインを構成するが、その安定感、対人守備は特筆もの。

つぎに、#8 大関(川崎フロンターレ)の、攻守にわたる献身性。
攻撃の起点となるパスも魅せるが、守備に戻る速さとエリアの広さは素晴らしく、実質的な #10だ。(現#10の佐藤を貶めているわけでは、決してない)

観ていて、

彼等すべてにとって、ここでのアジアトップはほんの通過点であって、

これから、10年後にかけ、日の丸を背負うんだ、と先を見ているムードがある。

だから、真のライバルは、相手国ではなくて、チームメイトに違いない。

聞けば。

東アジア諸国で、ひとつのサッカー連盟を作りたいようだ。

が、中東(西アジア) をのぞくセコイ考えや、アジアでてっぺんを喜ぶ狭量は棄てて、

南鮮や、PRCに声をかけてもいいから、

中南米連盟に加入したほうが、将来的にずっと有益、といつも思う。

では。

覚え書のおわり。

J.S.バッハの、ゴールドベルク変奏曲(1741年刊行、BWV988)は、

チェンバロ演奏のために書かれた。

没する9年前の、バッハ 56歳の年。

某伯爵の不眠症を癒すために創られた、というエピソードを、そのまま信じていいのかどうかは疑問。

まぁ。すくなくとも。

聴き手が貴族階級に限定されていたことは、階級社会の世にあっては当然で、

バッハのアタマには、民衆に聴かせる発想などなかっただろう。

現代に生きる、一市民のありがたさよ。

曲は、同一のアリアで始まって、終わりが締めくくられ、

その間に、30の変奏が配される。(前後半15づつ、の趣き)

グレン グールドのピアノだと、

変奏曲 30が、清新で、高貴で、情感が豊かに演奏されていて、素晴らしい。

……と、これは、前置きで。

 

ゴールドベルクの変奏曲数が30なので、

令和キネマ座の集中鑑賞は、真似て、30作品で終わることにする。

29) プロデューサーズ 1968年 米

30) シティーヒート 1984年 米

……30本観終わって、ざっと心に残る俳優は、

丹波 哲郎、ジーン ワイルダー、マックス フォン シドー あたり。

この3人については、今回の作品というより、他作品における演技が、もともと筆者の心象にあって、それらを含めて、彼等の演技力の幅と深さに魅入ってしまったがゆえ

(丹波☞ジャコ萬と鐵、ワイルダー☞ヤングフランケンシュタイン、シドー☞エクソシスト、といった具合)

では。

63年が過ぎて、なお。

ドーナツをお土産に、拙宅に立ち寄ってくれた小学3年生が、

玄関に入るなり。

Puff the Magic Dragon~と、

マジック ドラゴン以下の歌詞はうろ覚えでも、口ずさんでいるから、

訊ねると、

いま、小学校で歌っている、という。

昨今は、音楽の教本に載っているらしい。

1963年2月。

コーラスグループ、ピーター,ポール&マリイの歌として、シングルカットで発売された。

グループの一員、ピーター ヤローが友人が書いた詩に曲をつけたもので、かなりのヒットになった、と聞く。

それから、63年経っても、この日本で、幼く若い世代が気に入って歌う。

歌の持つ、時と場所を超え得る、偉大な力を感じますね。

 

とんでもないことに、

エセ平和主義者が、反戦歌ととらえたいようだが、

当時、ベトナムにのめり込みつつあった米国内ならばともかく、日本人が厚かましく、曲の能書きなど云々しないことだ。

ただ、パフという名の不思議な竜と、少年ジャッキー ペーパーの出逢いと別れを歌った曲です。

作曲者のピーターヤロー氏(リードボーカル) は、昨年 1月7日に他界した。

享年 86。

では。

館主の覚書ひとつ (2025.12月~2026.1月)

元来の、熱しやすく冷めやすい性質のためか、

この年末年始は、初見と再見が入り混じり、ムーヴィーを観散らかしている。

筆者は、令和キネマ座の館主でもあるから、

覚えとして、現時点(1/21)で、それら作品を箇条書きしておこう(観た順序ではない)。

(なお、★を付した映画は、最近のブログで採り上げた、ナンバリングは使える記号の範囲内)

スローターハウス5 ★ 1972年 米

キャッチ22 1970年 米

網走番外地 1965年 日

チャンス 1979年 米

ガントレット ★ 1977年 米

トゥルー クライム 1999年 米

月光仮面 魔人の爪 1958年 日

吶喊 1975年 日

三匹の侍 1964年 日

渚にて 1959年 米

ハートロッカー 2008年 米

自由を我等に 1931年 仏 (日本公開 は 1932年)

マルタの鷹 1941年 米

アリスの恋 ★ 1974年 米

コンドル 1975年 米

ピアニストを撃て 1960年 仏

バルカン超特急 1938年 英米

刑事ニコ 法の死角 1988年 米

ブレージングサドル 1974年 米

ラ ジュテ 1962年 仏

21)アノマリサ 2015年 米

22) スキャナーダークリー 2006年 米

23) 桜桃の味 1997年 イラン

24) ロンゲスト・ヤード 2005年 米

25) アンファヴィル 1965年 仏

26) 夕陽のギャングたち 1971年 伊西米

27) ブルジョワジーの秘かな愉しみ 1972年 仏

28) マーティー 1955年 米

機会があれば言及したい映画ばかりだけれど、

気分的には、No.27の、醒めたリアリズムが、今は、しっくりとくる館主です。

では。

2次キャンプはどうやら……。

改めて、

鹿児島における〈1次〉キャンプについて、もろもろリリースされた。

~2月6日(11日間)、とあるから、

リーグ開幕(@さいたま) 対アルディージャは、

鹿児島からそのまま移動しての参戦になる。

ゲーム後には、一旦、帰松して、一段落。

週が変わって、

おそらくは!!、静岡県のどこかで、2次のキャンプイン。

すくなくとも、藤枝、磐田の 2戦は、キャンプ地からの移動下で闘う。

で、2/22週にキャンプを切り上げ、

その週末の、アウェイ〈信甲ダービー〉に臨む。

……こんな感じ?

これから、ヒドイ降雪がない限りは、天然芝で多く、ボールと身体を動きしたいですね。

ところで、

かりがねは、3月からは、天然芝が使用可、でしたっけ?

そうでないと、甲府までの頻繁な出稽古になりそう。

秋春制になるにあたっての、いちばんの課題、

冬季の、本拠地における、屋根付き天然芝の練習場の入手を急がないといけません。

では。