成長に目を向ける (長野戦レビュウ 最終回)

余談(ここだけの話)。

第10節の前座?、
パルセイロシュヴェスターU – 15 vs 松本山雅レディースU – 15 のゲーム。(2 – 0 で山雅勝利)

これを観ていて、山雅レディースの成長ぶりには、驚かされた。
山雅ファンからは、そのひたむきな奮戦に、かわいい!、との声が挙がっていたけれど、いやいや、

(対戦相手との技量差もあったが)  ボールへの素早い反応、アプローチの鋭さ、フェイクを入れたターン技術、前方への走り込み、それらに進歩の跡が歴然だ。

小林 陽介氏、グッジョブ!!
(翌14日のリーグ対戦でも、2 – 1 で勝利している)

さて、トップチーム。

今節は、野々村 鷹人の躍進、が目立った。

好調なんだろうか、プレイと繰り出すパスに、スピードが増していて、

特に、前方に位置する安東 輝に向け、縦にあれだけ狭い空間へと、鋭いパスを入れられるようになったとは、と瞠目した。

今や、野々村と常田 克人は、まづまづ安定的な、山雅センターバックの顔、と言える。

このふたりがレギュラーとしてより充実、沈着を見せれば、

その先、たとえば、サイドバックを追い越して攻撃参加をするぐらいのミッションだって、こなせるのではあるまいか。

なにも、セットプレイでの高身長を活かした空中戦の折り返しに、その仕事を限定する必要もあるまい。

つまり、そのくらいに、攻撃カードと方法論を上積みしなければ、攻撃サッカーの恒常性は実現できない。

ところで、何故、センターバックからボランチへの縦パスを称賛するのか?

守から攻一体のサッカーを行なうためには、ボランチ起点でボールを捌くのが、相手守備を、よりおおく左右前後に振り切りやすい。

が、長野戦では、ボランチから先のところで攻撃の形を創出できず、各個がそれぞれ単独ドリブル突破を試みては、相手の守備に引っかかってしまう。

これも、結局は、サイドへの展開を窮屈にされていたためなんだが、

ならば、攻撃の約束ごとを深めるしかあらず。

たとえば、米原が山本を狙って出した、スピードが甘く相手に渡ってしまったクサビのパス。
ああいうのを、オールマティカリイに再現できないと。

……とか、こんなことを、プロフェッショナルに向かって言っていいものか知らんが。

では。

【再掲】テストの予習どれだけした? (長野戦レビュウ ❸)

面白がって喧嘩する程度なら、これを、なんとかダービー、と煽ってもかまやしない。

それが、篠ノ井駅から歩いて数分の地で生誕した萬年のご意見。

幼少の頃から、長野、松本ふたつの場所を行き来した体験からすると、それなりの地域性はあったにせよ、所詮、山に囲まれたエリアの、五十歩百歩。

だから、互いの差異から〈風土〉を説き起こし、ふたつのサッカーチームに、それを背負い込ませてもね、って思う。

もっとも近い場所(80km)で活動しているチーム同士ならば、せいぜい、

〈仲良く〉しかも、洒落が通じる程度の摩擦に収めよ

なにかと底意地悪く山雅ファン&サポーターをイビりに来る南長野のスタジアムジョッキー氏にしたところで、

長年の間、3部にくすぶって来た哀切を、言われるほうの屈辱感を想定の上で、ここぞとばかりに晴らしているんだから、それはそれなりにBOOを浴びせて、優雅に対応するさ。(そうしていたけれど)

で、はっきりさせておくべきは、敗北したチームへの、かつてないほどの盛大なBOOのほう。

ゲーム後、アウェイ席のほぼ全体が、厳しい態度と怒号で溢れた。

もともとが、アウェイ席を占めたファン&サポーター多くは、普段から山雅の戦いぶりを観ていて、諸般やりくりし、相当な熱意を持って集まった。
(恩に着せてはいない)

たまたま、対長野戦、という舞台ではあったけれども、

本質的には、非常に低いクオリティのゲームしかできなかったチームへの叱責と、現地に居た者として受け取った。

― いろんな事情があったにせよ、あれはないぜ、山雅。
シュート4本(公式)、とは、聞いて呆れる。

山雅のエンブレムをつけて、箸や棒にもかからないようなサッカーをすることは認めない ―。

そういった意思表示だった、と思う。
(いくら罵声を飛ばしたところで、憂さは晴れないことがわかっていても、だ)

観ている者の勝手な感情移入があるから、〈戦う気持ち、気概〉を持ち出す議論も出てくるが、それ以前の話ですよ、これは。

長野のほうが気持ちが入っていた、というのも錯覚で、ああいったサッカー流儀なのだ。

とにかく、非難の喧騒は、マトモなサッカーを創れなかったチームへの不満表明。

たとえスタイルを打ち出すに、試行錯誤するのが我がチームの実力だとしても

君ら、一体、テストの予習をどれだけマジメにしてきたんかい?、と言いたいのだ、ファン&サポーターは。

その反応(BOOと罵声)は当然です、といったキャプテン安東 輝の表情が、僕のこころに残るけれど、

あの低品質な仕事を称賛された日には、やってる側は、かえって、皮肉で非礼な対応と感じるだろう。

テストで赤点をとって褒められたら、居心地が悪い、と同じです。

……、10ゲームを消化して、勝ち点が15。

で、目標からの 乖離は、勝ち点で 5。

困難でも、スタイル構築の仕事から逃げず、

もちろん、こんなことぐらいで、ファン&サポーターは逃げもしない。

では。

両翼をもがれて (長野戦レビュウ ❹) 

さて、今回は、すこし踏み込んだゲームレビュウ。

アウェイからの帰途、
車上ルーチンワークは、助手席の家人に、ゲーム後監督インタビュウを読んでもらうこと。

そして、今節。

読み終えた家人は、
― ちっとも、この敗残を痛感してない!!、と吐き捨てたんだけれど、

僕のは、すこし違っていて、
どうやら率直、痛烈に言いたいところをかなり我慢している、そんな感じがした。

やりたいことはアタマでは理解しているけれど……、あたりは、登録プレイヤーの技量に対する見切りを、できる限りトーンダウンした言い方だ。

これを読む者は、

― 残念ながら、これが、現況精一杯の技量なんだけれど、それでも、なんとかこの路線で行きたい、そう解釈すべきだろう。

不調や怪我の情報をできるだけ避けている様子もあって、
特に、サイドバックに置きたいプレイヤーの不在に苦慮していることは、明らか。

僕は、天皇杯予選のサイドバック配置については、てっきりリーグ戦への煙幕とばかり思っていたが、全然違った。

プレビュウで書いたとおり、対長野戦のキモは、サイドの攻防であったはず。

で、橋内 優也を右に置かざるを得ないとすれば、このサイドから敵陣奥深くの侵入は、榎本 樹による単騎突入が目に見えているし、

右 山本 龍平では、屈強な長野5バック守備とタメにやらすのは、あまりにも酷

特に、山本の場合、左方向にフタをされると、連携をかまさないと、単独で左へと切り崩すのが、なかなかむづかしい。

もちろん橋内、山本ふたりは力を出し惜しみすることもなく奮戦していたが、
両サイドは、どうだろうか、欲目でも、2 対 8 くらいの、圧倒的な劣勢であって、それがほぼゲーム趨勢の比率となり、

このエリアの閉塞が、山雅の敗因の かなりを占めた、と思う。

そして、両の翼をもがれた状況を、他の局面でひっくり返すだけの、工夫と智恵がなかった。

後半、榎本を下げたことで、状況はますます絶望的になるも、

橋内に替えて宮部 大己を投入したことで、左サイドにいくらか風を吹き込めるようになったので、あそこは、先発宮部でしたね、やはり。

要は……、読者お察しのとおり、下川 陽太と藤谷 壮の復帰(復調?)がないかぎり、よほどのテコ入れをしないと、この厳しさは続くと診ます。

では。

平常運転さえ できなけりゃ (長野戦レビュウ ❷)

ゲーム終了の直後。

篠ノ井駅行のシャトルバス乗り場に向かって歩いていると、

(自宅でおそらくはDAZN観戦の) 息子から、電話が、相方のスマフォに入った。

かなりお怒りの様子だったから、切り際には、おいおい、家族に当たり散らすなよな、とご忠告申し上げのだが、

その要旨……、

❶何をやろうとしているのか、不明なサッカー。

❷縦パスが入った時の絶望的な判断の遅さに象徴的な、その都度考えてのプレイ。

❸2失点目に至る(サイドでの)マークの受け渡しなど、とてもプロとは思えないほどズサン。霜田さん、守備面全然見ていないんじゃあないか?

……、おおかたその通りなんだろうな、と思います。

長野は、普段から突き詰めているだろうサッカーを、忠実に遂行しただけ。

つまりは、主にサイドを起点としたカウンター攻撃、宮阪によるセットプレイの妙味、反則ポイントリーグ最多レベルの、激しい当たり(犯した反則20以上)など。

前節、いわてグルージャ戦、内容では、7割方優位を獲られても、4 – 1 で勝ち抜くサッカーであることが納得できる。

対し、我が山雅のほうが、自分流儀を遂行するにおいて、ミゴトにお粗末だった。

こうなると、前節対FC大阪戦の勝利も、偶然と菊井悠介の個人技だけによるものだったことが、証明された。

だから、これで、実質4連敗。

要は、沼津戦以降の、自己スタイル表出における急降下曲線、ここにフォーカスしないと、なんにも始まらないではないか。

では。

さぁ,もって来いの2週間の始まりだ (長野戦レビュウ ❶)

次節の、ホーム鹿児島戦(5/28) まで、

(チームにとって十分か? は、別として)

ファン&サポーターには、少々時間があり過ぎるので、

しかも、感情的な思い入れがあるばっかりに、

尾ひれ背びれがついた、共同幻想の松本山雅、についての評論が飛び交う、そんなことが、しばらくは、続くんでしょう。

ただし、共同、といったところで、それは、各個の心象に多分に左右された信念、信条みたいなやつですから、厄介なこと甚だしい。

せいぜいそれらを整理、腑分けしときましょうか、この2週間。

萬年的には、ひとつの投稿を、手短か、簡潔にすべくをモットーにして。

2 – 1 の敗戦。

結論から言うと、監督2年目で、継続的なスタイル深化が機能している長野と、

ここ4年間、毎季あたりひとりの指揮官でやりくりしてきた山雅との、

サッカースタイル浸透度の差が際立ったゲーム、でありました。

ダービーですか?

そういうのは、それを売りにして、かつ煽った方々に、お任せします。

では。