今年の不満はここまでにして (北九州戦レビュウ❸)

どうやら、来年は、1.5年のシーパスになりそう。

……と思いつつ、今季の総括をしておきます。

クドイと言われても、 来シーズンにつながっていくだろう事柄にフォーカスするため。

〈能動的にボールを動かすサッカー〉との、当初ふれ込みではあったが、

では、ボールを握って、どうやってゴールを目指すか?

について、チームとしての方法論、定番的な決め技が、最後まで不鮮明だった。

観る側からすると、ボールを保持した瞬間、その場限りの、選手のセンス的な対応でやっているので、味方を捜しての、コンマ何秒かの逡巡を常に感じた。

練習における連携の裏付けが感じられて、

あぁ、こういうことか~っ!!、と感服させるゴールシーンが少なかったなぁ。
たとえば、アウェイ群馬戦の、安永のゴールのようなやつ。

例外は、コーナーキックを含むセットプレイだが、ゴール比率は昨対より低い。
ま。
総じて攻撃的なスタッツ、シュート数、コーナーキック数など、昨季より減じ、攻撃的な野心がシュリンクしてしまった。

〈前後の切り換えが機敏なサッカー〉をめざしていたはず。
これは、リジットな陣形を保持して、攻守において先手をとることを意味していたと思うが、そこが、ゲームを追うごと、相手に引き伸ばされるままに、緩んだように思う。

後手にまわってしまうから、そこを挽回しようとファールが増した、と診る。

ボールに鋭く迫るのと、ファールを犯すことは違うはずで、反則ポイントで下位に沈んだのは、主体的なサッカーに不足した証拠。

勝ちを引き寄せるためのゲームプランの貧しさ
攻める守る、行ったり来たりを、遊ばず懸命にやっていたかも知れない。

が、

上に書いた〈決め技〉のないことによる(シュートまでいけない)攻撃の挫折と、

相手の攻撃に後手で対処することに追われ、ゲーム局面の読みと仕掛け、時間管理が希薄でしたね。

〈能動的〉を掲げて、自分らのやることにのみ焦点をあわせたって、

ゲームは、相手の出方が大きな要素なんだから、

逃げ切るだけの得点力がないならば!!、そこをもっと工夫してもらいたかった。

でないと、勝ちは、これからも、なかなか拾えません。

〈山雅らしさ〉への逃避。
ファン&サポーターや、役立たずのメディアが、懐古の情から、これを言うのは仕方ないとして、

クラブやチーム当事者が、この用語を使う場合、

実は、内容(実質、中身)がわからず、一生懸命やりますくらいにしか聞こえない。

僕からすると、
この言葉の意味合いとしてハッキリしているのは、〈弱者のサッカー〉に尽きる。

相手よりも、より走ること、だって?

走る、走らないを言うのは、おそらくは、50年くらい遅れたサッカー観であって、

どうやって、こっちが(準備しておいて)有利に始動するのか、

相手を仕方なく走らせる状況にするのか、そういうことを、そろそろ語りませんか。

山雅らしさを、闘争力や熱心さ(精神論)に求めるのは、もっとご勘弁

それを、みづからの専売特許と思うところに傲慢と呑気さがあるわけで、

ゆるい集団だった、なんてタワゴトをきょうび言ってるようでは、笑われますよ。

こういう取材の低意が胡散臭いのは、

ゆるい=悪戦績、スパルタン=好成績、といった対照を、暗に、公式として明証的に印象づけること。

こういう図式は、疑ってかからないと。

たとえ、(組織が)ゆるくてもきつくても、

最高のファンサーヴィス、つまり、勝利で魅せるのが、プロフェッショナル。

ツヨクナル、はどこへ行った?

もちろん。

萬年はあくまで、強者の風貌をしたサッカーを観たい。

……以上、今シーズンの不満は、これにて打ち止め、とします。

では。

ひとりひとりにありがとう (北九州戦レビュウ❷)

まづは。

先日、現役引退を発表した町田 也真人へ。(ギラヴァンツ所属)

14年間の、プロ選手生活、お疲れ様でした。

1年でしたが、山雅のために闘ってくださってありがとう。

これから先の幸多かれと祈ります。

(当時、ぜひ彼を獲るべき、と思っていて、現実化したので、僕の思いは深い)

さぁ、いよいよ。

契約満了が、つぎつぎリリースされ始めると、

ある意味、指揮官の交代よりも格段と、ファン&サポーターにとって切実な話題。

山雅のエンブレムを身につけてくれたあなたがたに、心よりありがとう。

1年遅れの、

霜田イズムで集めたチームの解体が始まる……。

では。

最初で最後の逆転勝ち (2025.11.29 北九州戦レビュウ❶)

2 – 1 の勝利。

それも、今季初の逆転で、しかも、相手より多くシュートを撃ったのが、好いね。

ラスト4ゲームの萬年予想、1勝1分け2敗を、

2勝1分け1敗、と大きく裏切ってくれたチームには感謝しなければなりません。

4試合消化して 勝ち点が 7、というのは、

プレイオフ圏内を確保して自動昇格を手にするための、必須のペースであるから、

シーズンの終末で、すこしでもその感触を味わえただけでも、儲けもの。

……ゲーム最中は、速報さえみている暇なく、

時折、家人からメールがあって、16:00を過ぎた頃に、

― 前半終了、1 – 1 です。

僕は、15:00開始とも気が付かなかったものだから、

― あれ?、ゲーム終了では?、と返したりしていた。

その家人も、

リモコンの電池切れを気づかずにいて、DAZNで、リアルタイム観戦もできず。

翌日になって、ようやくハイライトをみることに。

僕も、昨日になって、山雅公式ハイライト動画を観たに過ぎない、不熱心。

で。

家人が不満げに言うには、ゲーム後インタビュウで、監督と某選手が、

今シーズンの、かりがねにおいて、取り組む姿勢に、チーム内に不熱心があったこと、それを是正できずにいたことを述べているとか。

ふーん、そういう思ひを抱いたのは事実なんだろうね、きっと。

けれど、僕からいわせると、

芳しくなかった試合ぶりの、要因のごとく語る(あるいは語らせる)のは、

問題のすりかえのように感じますがね。

その理由は、また。

では。

かける言葉を間違えた。

いや。

かけようとした言葉が違っていたことに、後になって気がついた、というお話。
(未遂でした)

U – 18北信越プリンスリーグ(1部)も全日程を終えて、

昇格初年度の山雅U – 18 は、8位を確定した。

上位リーグ(国内最高峰)であるプレミヤウエストでは、帝京長岡(1st)が、どうやら残留を決めそうなので、

我が U – 18 は、ほぼほぼ残留するだろう。

で。

同じく今季昇格した松本国際高校の諸君らは、

リーグ戦で山雅に 2戦2勝していることでもあるから、当然、もっと上の順位で終えていることと、僕は思っていた。なんとなく。

国際高のグラウンドは、僕の生活圏内にあって、

そこを徒歩で行き来するサッカー部員を、よく目にすることがある。

一昨日も、グランドへ向かう彼らの多くと遭遇、

こっちはクルマで、彼らが横断するのに道を譲った。

その際に。

彼らに、

今季のがんばりと、残留おめでとう、と声をかけそうになりかけ、

いやいや唐突過ぎて失礼だろうと、やめた萬年でありました。

ところが。

帰宅後、判明したことには、

松本国際高は、勝ち点 1差で、アルビレックス新潟 U – 18に及ばず、準優勝だったのだ。

たった 勝ち点 1 が少なかったばかりに、

上位プリンスリーグへのプレイオフ進出のチャンスを逃した、といえる。

となれば。

あの時、僕がかけるべき言葉は、

残念だったよね、のはずであったわけだから、

自分の迂闊さには、つくづく呆れているのですが、

国際高という、新進の急成長株からは、これから目が離せません。

将来、ここ出身の選手が、山雅でプレイする日が近いかも。

では。

なにも呆れることはない。(群馬戦おしまい)

〇民タイムスの記事に、〈惨敗〉とあった。

6点を失えば、サッカーではちょっとした椿事。

それを、強調した表現にして読ませたいのだろう。

が。

リーグ前半のホームでは、1 – 3 で負けていて、

2 – 6 は、双方その倍のスコアであるから、

両者の力関係に、5か月経ってもなんら変化はなかった、というに過ぎない。

2得点しただけでも良かった、それと、実質的な安藤 翼の復活を喜ぶべき。

僕は、9/11付けの当ブログにおいて、

ドリブル論にからめて、

タイトル〈なぜグンマを推すのか?〉を書いていて、

チーム群馬は、ほぼそれをトレースするようなサッカーで、ゲームをやり遂げた。

要は。

彼らはフツーにやって、したたかな流儀を披露したわけであるから、

我が山雅が特段悪かったのではなく、ザスパさんがミゴトだっただけの話。

もしも、我がサッカーが粉砕された、と思うなら、

その不足した部分と、反省から一歩を踏み出すしかないじゃん。

群馬のごとく、シュートを13本撃って、12本を枠に入れるサッカーめざして。

 

……本当にミジメなのは、

月に一回しか勝てないチームに、

月間MVPが与えられ続けることが、誰も悪い冗談と指摘しないこと……。

さて。

チームが、リーグ最終節(11/29)を戦う頃は、

僕は、初めての街を移動している予定なので、

携帯から試合速報を確かめるのさえ、おろそかになるだろう。

僕にとっての今季総括は終わったようなものだから、このゲームがどう動こうと大勢に影響はない。

むしろ。

その翌日あたりから続くであろう、公式リリースを楽しみに待ちます。

では。