いまから、ちょうど60年前に作られた曲。
これだから、松尾 和子を忘れるわけにはいかない。
最下位
勝てなくなって 初めて知った
海より深いリーグの底を
こんなに山雅を 愛してるなんて
あぁあぁ ガンズにも わかりはしない……
お粗末でした。
では。
いまから、ちょうど60年前に作られた曲。
これだから、松尾 和子を忘れるわけにはいかない。
最下位
勝てなくなって 初めて知った
海より深いリーグの底を
こんなに山雅を 愛してるなんて
あぁあぁ ガンズにも わかりはしない……
お粗末でした。
では。
EF64形(電気機関車)に牽引されて、寝台特急カシオペアが通過していく。
そんな幻想的な光景に出逢えた、霧の明け方。
その数日前に、お人を介して、旧知の姉妹からお便りをいただいた。
松本に生まれ育ち、すでに30数年前にはこの地を離れ、今は在京の方々だけれど、このたび、いよいよ松本に残してあった土地と建物を処分します、と書いてあった。
戦争で未亡人となった母親が、57年前に手に入れたもの、とのこと。
城山の登り口にあって、夜景の美しい場所にそれは在る。
萬年家族は、しばらくの間ここをお借りしていた恩義があるのだ。
処分の前に整理したのであろう、母上の形見として書物が一冊添えられてあった。
母の墓所は松本に残してあるので、墓参のため帰松することもあるでしょう、とあったけれど、きっと、人生のうちでお会いすることは、最早あるまいなぁ、と何故かひとり決めしている萬年ではある。
あのカシオペアの、人知れず静かに走り去る姿を想いながら……。
では。
ノスタルジックな作品を撮らせたら、もう独壇場の監督。
―といったら、ジョージ ロイ ヒル (1922~2002) を挙げたくなる。
職場においてルノワール氏と、太田 裕美がセットで語られるのと、まったく同じように。
ロイ ヒルならば、『スティング』(1973年)、『明日に向かって撃て』(1969年)がすぐに思い出されるけれど、
今季低迷する我がチーム、それと、この前対戦したFC琉球が、ホーム観客は平均で700人弱を知る、が重なると、どうしても、
『スラップ ショット』(1977年)のほうが頭に浮かぶ。
主演のポール ニューマンは、この当時、52歳。
マイナーリーグのプロアイスホッケーチームにあって、そろそろ引退の声がかかってもおかしくないプレイングマネジャーを演ずるには、役者としての旬だった、と言えようか。
最下位に低迷するチーム成績を立て直そうとヤッキになりながら、分かれた元妻にいまだ未練タラタラの私生活。
対戦チームのプレイヤーの女房からピロートークで掠め取った醜聞を、リンクでぶちまけることで逆上させてでも、ゲームに勝とうとするような姑息さ。
投げやりないい加減さと、必死のしぶとさとで、逆境に向かう。
こういうのは、ポール ニューマンのお手のもの、って感じがして、それから5年後の『評決』の演技に結実した感あり。
そういえば、この作品で共演したリンゼイ クローズ(1948~)は、『評決』でも共演していたっけ。
彼女、評決では、決定的な証言をおこなう看護師の役でした。
スラップショットでは、チーム唯一のインテリ(プリンストン大卒)プレイヤの妻を演じる。
現代物(当時の)ではあるけれど、地場の鉄工場が閉鎖されようとしていて斜陽の影が忍び寄る小さな街チャールズタウンが、ホームタウン―
とくれば、ヒルお得意の、失われゆくものへの郷愁が画面ににじんでくる。
萬年がいちばん心に残るのは、夜、チームバスが遠征から戻って停まると、選手の連れ合いが迎えに来て、されぞれが三々五々家路を辿っていくシーン。
地元にプロチームがあって、はじめてわかるこの感覚、とでもいえましょうか。
コメディは、最後でそこそこのハッピーエンドで終わるんだが、やはり現実の苦さをほんのり残して、ってのは巧いなぁ、ヒル。
映画の中では、その頃流行ったポップソングがいくつも使われていて、その中から、今回はこれ。
では。
この記事を打っている今頃、チームは、もう那覇市にチェック インしたんだろうか?
当地の朝は10℃を切っているのに、あちらは、20℃台の半ば。
となれば、まづは、この温度差(湿度差) に適応しないとならないわけだ。
〈群馬の策と その成功〉
前節の琉球は、ホームでザスパと対戦し、0 – 1 でゲームを落としている。
(26節をかけて群馬は、ようやくと、山雅の上方に順位をあげた)
予習のつもりで、DAZNにて、後半開始から点が入った64分までを観てみる。
そこでわかったこと。
それは、群馬が、ボールをつないで前へ進む琉球スタイルを徹底して無力化した事実。
具体的には、ボールを保持する琉球の最終ラインにプレッシャーをかけ続けて、中盤、さらには前線との距離を間延びさせることを狙った。
パスで組み立てる、ということはプレイヤー間の距離が適切に保たれることが必要だが、その距離を引き延ばすことによって、琉球の攻撃スイッチをオンにさせない策に出た。
あるいは、リズムを作らせないように仕向けた。
これが上手くハマって、前線の阿部 拓馬などはほとんどボールを触れない状況に陥る。
琉球のプレイヤたちは、ザスパの魔術に囚われたかのように、ピッチ上になんの連動感もなく散らばっていた、と言ったらいいのか。
他方、群馬は、蹴らせておいてのボールを回収すると、ペナルティエリアへの侵入を繰り返し、そこの混戦の中から、ついにゴールをゲットする。
このゲーム、ボール支配は、おそらく琉球65 : 群馬35 に近かったと思われるが、要は、ボールではなくゲームをコントロールした側に勝機が傾く、という見本でもあった。
〈陣形の乱し合いを 制せよ〉
たったの3週間あまりが経過しての再戦。
前回ああいう悲惨な結果になったからといって、あまり力んでみても始まらない。
ここへ来て見えてきたと信ずる山雅のサッカーを貫く、これに集中しよう。
となると自然、ボール保持にこだわらず、ファーストディフェンスを、時間帯やゲームの流れを意識して、緩急/強弱について意思統一しながら、中盤と最終ラインまでが連動して立ち向かう、ってことになりましょうか。
相手の陣形を縦に分断するとともに、当方のそれはコンパクトに圧縮する。
すると当然、山雅の最終ラインの後方には、広大なスパースが生まれる。
あえて、そこを狙わせてサイドをタッチラインに押し込んでしまう、そんなイメージでしょうかね。
これを、怖がらずにやり抜く、特に、センターバックとサイドバックが。
最終ラインの成長を、ここでこそ魅せる、くらいの気持ちで良い。
むこうが焦れて蹴り出すのならば、中盤は、踏ん張ってそのボールをひたすら回収だ。
結局は、攻守において我慢を切らさないこと。
切れたら、相手が陣形を整えてしまう。
特に攻撃は硬くならずに、テンポを大切にしてやりたいですよね。
最終のパスやシュートを決めきるためにも。
あぁ、こうなったら、ブラジリアン サッカーをも魅せておくれ、山雅。
もし、アウグストを使うならば、割当てをはっきりさせておいて、相手の陣形が緩慢になったところを衝くと、かなり効く、と思います。
そして聴く曲は、『Take It Easy』(肩肘張らずに生きてゆく)。
70年代バリバリ。しかも、メンバー全員がヴォーカルをとれるのがこのグループの強みですな。
では。
降り続ける雨の音を聴きながら、いまだ発表がないことを尻目に、無責任な妄想にふけっている。
「たたかう姿勢が感じられない」ので監督を解任した、という経営トップの言葉。
うーん、そんなにたたかっていなかったっけ?
ゴール前で身を挺する or 挺しない、ってことにばかり議論がいってしまうことを、むしろ危惧するのは、萬年。
たしかに失点すると意気消沈する部分はあったけれど、サッカーにおける失点とはそんなもの。
それによって、ゲームのあり方が根本から変わるからだ。
監督交代については、精神論ではなくて、採用されていた戦術論で語らないと将来への舵も上手く切れないだろう、と思いますね。
たとえば、ファン&サポーターとしての総括が、コロナ禍における制限下、〈新しく新鮮な応援〉をなんら開発できていない、という戦術論なのと同じように。
〈育成と強化〉という、とてつもないことを頼んでいたわけですし、育成の部分はけっこう見るべきものは多い。
でも、既に、賽は投げられた。
なれば、次なる愉しみを追い求めるのが、ファンの特権と仁義。
J1監督経験者をリストアップする、という花火が上がったこと。
さらに、山雅は、時としてトンデモナイ人選をしてみせること、これを前提に考えてみた。
おとといの職場でも、そんな話になりまして、
―まぁ、一番手は井原 正巳ですかね。今は柏のコーチだから引き抜けるかどうか?
あとは、精神論で割り切って突っ走るとして、名波 浩。
……、と発言したら、笑いで返されたような次第。
毒を喰らわば皿までだ。こうなったら、
小野 剛、風間 八宏、川勝 良一、の各氏も挙げてみる。
川勝さんは、少々お洒落過ぎるか。
知人のT氏の見解は、きっと反町さんに相談してるんだろう、というもの。
初の外国人監督ということで、ドラガン ストイコビッチにも打診していたりして?
註: 監督代行も、経験者としています。
では。