竹原ピストルとは,チャントである 『なごり雪』

 

森田 童子(1952~2018)と、鮫島 有美子(1952~ )は、

1950年代初頭生まれ世代の歌手の、双璧に違いない !! (もちろん、ただ僕の中で)。

その森田の、『たとえばぼくが死んだら』(1980年発表)を、

竹原 ピストルがカヴァーしているのを聴いて、えらく感心してしまった。

実直に、美しくのびやかに、情に流されず、かといって、情を棄てもせず、品の良い日本語で歌っている。

で、次に。

『なごり雪』(1974年発表、by かぐや姫)もカヴァーしているので、これも聴いてみて、いやぁ、大したものです。

歴代カヴァーのなかで、出色でしょうね。

そこには、あの名残り雪を歌う(姿勢)、ではなく、竹原自身の名残り雪が厳として在るからだ。

つまり、歌詞中の、

電車が行ってしまって、踵を返してホームから去る主人公の、

新たな出発が、深い決意で感ぜられる、そこが良い。

竹原 ピストルについては、近々にでも、また。

では。

なぜ,映画『Let It Be』(1970年公開)を評価しないのか?

その理由(わけ)を、ふたつ。

❶映画『A Hard Day’s Night』(1964年公開)は、
多忙な日々(Hard Days)を送るビートルズが、実録風に、彼ら自身を演じて魅せた、洒落たコメディだった。

当時の売れっ子アイドルがドタバタと画面を動き回る、とは言え、

白黒ということもあって、

『Saturday Night And Sunday Morning』(土曜の夜と日曜の朝、1960年英映画)に一脈通ずるような、シニカルな風刺が効いている良品。

僕の中では、これとの比較がどうしても頭をもたげる。

いくら、スタジオセッション(曲の作り込み)や、手短に演ってみせた公開演奏を描くにしてもですよ、

この後、名作アルバム『Abbey Road』(1969年秋発表)を創る力がある彼らなのだから、

見え透いたヤラセ、たわいもない会話やギャグ、そういったもので、音楽制作の仕事ぶりをうすめて見せるのは悪手だろう。

❷セッションに参加したビリー プレストン(1946~2006年) の、作品中における扱いが、あまりにも軽い。

ビリーのキーボード演奏の素晴らしさが、どれほど楽曲に寄与していることかは、一聴瞭然なのに、

映画を観るのは、ビートルズマニアだ、といった決めつけがあるから、こうなってしまうんだろうが、

なんとも敬意に欠ける、とはこのこと。

その腹いせにと、

ビリーの作った『You Are So Beautiful』(1974発表)を、ケニー ランキンがカヴァーでしているやつを聴いている。

では。

葬送の バレンタインデイ。

ショートメールと電話のためだけに、ガラケーを使っている、

かつては、Yahooの画面だったけれど、

(ニュースの)薄っぺらい見出しが目に入ることが、煩わしくなって、

パソコンは、Googleの検索画面にしてある、

新聞紙、週刊誌、月刊誌の類いは、定期購読しておらず、

どうしても新聞(特定の記事)を読みたいときは、コンビニエンスストアで買っている、

そして、TV画面は、出勤前に、朝食のテーブルから眺めるだけ。

……こういう生活だと、当然、世事に疎くなる。

すこし前、フジテレビが糾弾されていたり、芸人が引退したりした騒動の中身を知らずにいて、

助手席の家人から、その件につき、 5分間のレクチヤアを受けて、

あぁ、そうだったのね、と概要を掴んだりした。

こういう僕であるから、

ある訃報を、逝去後3週間で知る、ということは、かなり迅速な情報入手に違いない。

ガ―ス ハドソン (ザ バンドのメンバー、担当楽器は、主にキーボード) が、

1月21日に亡くなった。

1937年生れの、享年 87歳。

毎冬。

僕の車中には、ザ バンドのアルバム『Northern Light – Southern Cross』(1975年発表)が流れるのがならわしで、(もう半世紀前に創られた作品 !!)

その音楽づくりが、自由自在にしてほぼ完璧であることに舌を巻く。

重厚にしてリリカルな、ガースのシンセサイザーが、ほとんどの曲で、縦横無尽に奏でられる― なんという豊饒さ!!

今頃、ガースはなにしてんだろうなぁ、と思っていた矢先の訃報。

当人はすでにお墓の下に居るんだろうが、僕は、今日、彼を葬送する……。

では。

なぜ飛ぶのか? も知らないが、

その気になれば、重量350トンの旅客機に乗って、

大空を移動することだってできるのが、僕らの時代。

写真は、ボーイング777 – 300型(トリプルスリー、ダッシュ300)の、

JAL 8941機、のミニチュアです。

1998年に就航して、2015年 6月に退役している。

標準座席数は、244。

離陸するのに、滑走する距離、3キロメートルを要す。

世界最大の双発機が、(それなりのエンジン出力を持っている、とはいえ)、

空中を飛行する理論など、まったく知らなくたって、大衆はそれを利用する。

生命の価値うんぬんと言ってみたところで、

結局は、他人任せという、けっこう危うい世界を、僕らは平気で暮らざるを得ない。

実際。

2009年 7月、新千歳空港を飛び立った JAL 8941機は、

なんらかの異物によって剥がれたタイヤの破片が、主脚の油圧系統のチューブを損傷し、作動油量が低下する、という重大事故を起こした。

おせっかいに附言すれば、

777型のタイヤは、ブリ〇ストン社が、OEM供給していたはずなんで、なんらかの原因調査と製造上の是正があったのかも知れない。

……と、アルウインで見上げるだけの、ジェット機になじみのない僕ですが、

スティーヴ ミラー バンドの『Jet Airliner』(1977年)は、実に、軽快なロックンロール。

この曲でうたわれるジェット機とは、ボーイング 707型のこと。

スティーヴ ミラーとも長いつきあい。

要は、勝手に聴き惚れているにすぎないが、最近になって、この曲が、

ポール ぺナ(ペーニャとも、1950~2005年)が、1973頃に作ったもの、ということを知った。

ぺナの演奏は、多分にブルースそのものの味わいを放つから、

こういうところに、ミラーが惹かれてカヴァーした、と信じている。

では。

やはり,カヴァー曲『青春の影』(1974年)

僕にとって、チューリップのこの曲は、

やっぱり、そして、どこまでも、カヴァー曲なんだろう、と思う。

『The Long and Winding Road』(by The Beatles  1970年発表) の。

原曲のリリースから 4年後……の。

ジョー氏が、会話の中、青春の影に言い及んだのだったが、

氏には、チューリップのベスト盤(CD)をいただいた恩義があるものの、

この考えは、変わらない。

ここ30年で、なぜにチューリップが僕の中で退色したかと言うと、

強引に結論づければ、

柳ジョージが、ラブソングも歌ったのに対し、

チューリップは、ラブソングしか歌わなかった、その事に在る。

これが、キャンディーズならば、恋の歌だけでいいんだけれど。

で。

ジョー氏へのお詫びにと、原曲のピアノカヴァーを。

では。