吐いておく弱音 その❶(リーグ開幕の前に)

松本平の、某高校の校訓には、

弱音を吐くな、との条があると聞いた。

こういうのは、

弱音こそが、すべての創作活動の源泉と活力、とする萬年式思考によれば、

何考えてるんだ、となるが、ま、軟派の発言とお許しください。

実際、そこの学生諸君は、こんな文言に縛られてはいないだろう。

が、お許しついでに、いますこし弱音を吐いておきます。

2025季の、ラスト10節、つまり、リーグ最後の4分の1は、

本拠地が使用できず、4ゲームがホーム扱いではあったけれど、

結局、すべてをアウェイの地で闘った、山雅ドリフターズ(漂流者)であった。

ゲームメーカー#10の、10ゲーム計の出場時間が71分、という痛手もかさなり、

この間の戦績が、2勝1分け7敗で、勝率は、20%。

弱音を吐くな派からすれば、要は、我らが弱かっただけ、となりそうだけれど、

それは、いわば、議論ファシズムであって、正当なる弱音を救うのがリベラリズムだろう。

で。

リーグ開幕してから4ゲーム(2月分)が、すべてアウェイなのは、

アルウィン使用開始が 3月からという絶対条件があるための特例。

(☞註:Jリーグの決め事では、アウェイゲームは、 3つ連続が上限であるから)

新生山雅。

とは言え、昨季ラストの戦績をかんがみれば、

また、今日から始まったキャンプトレーニング下でのアウェイ転戦という、もろもろの負荷を加味すれば、

冒頭4ゲームにおいては、90分間をドローで締められれば、上等。

勝っちゃったりしたら、それこそ望外、ということになる。

なにせ勝率20%では、5つやらないと、ひとつの勝利に手が届かない勘定。

しかも、すべてが2部リーグのチームとやるのだし。

もちろん、勝つつもりで共闘しますよ、

こんな曲を想いながらですけど……。

〈Drift Away〉(さまよい漂って) (1973年 by ドビー グレイ)

ウルフマン ジャックの司会と、冒頭のギターレフには泣ける。

では。

あぁ、平穏……。

― 爭いを好む女と一緒に家におるよりは、屋根のすみにおるほうがよい 
(旧約聖書 箴言21章8節)

イスラエル王ソロモンが、そんな婦女子に囲まれていたのか、

または、他人の家庭をみて、そう思ったのかは知らないけれど、

『風前の灯』(1957年、松竹)を観ていて、この言葉が思い出された。

映画は、洒落た脚本と演出(木下恵介)、それと、達者な役者によるコメディで、

この作品に先立つこと、ちょうど2か月前に公開された、

『喜びも悲しみも幾年月』(同監督)と同じく、佐田 啓二と高峰 秀子が、夫婦を演じている。

が、ふたつの作品における夫婦像の〈落差〉とその演技に、終始、抱腹絶倒だ。

……風前の灯については、機会あれば、また書くことにして、

〈These Foolish Things〉(たわいないことに(あなたを想う)) は、ジャズのスタンダードソング。1936年発表。

……口紅のついた煙草、
素敵な場所への航空券、
隣のアパートから聞こえるピアノ、
水仙の花と 空を横切る電線、
小さなテーブルにある蝋燭の灯火、
通過する真夜中の電車、
放り投げたストッキングの下のパーティー券、
グレタ ガルボの微笑みとバラの香り、

そんな他愛ないことのすべてが、あなたを想い出させる。
それは、僕には喜びであり、また、痛みでもあって……。

ひとをおもうこころに、平穏のみを願うのは、虫のいい話なのかも知れない。

では。

63年が過ぎて、なお。

ドーナツをお土産に、拙宅に立ち寄ってくれた小学3年生が、

玄関に入るなり。

Puff the Magic Dragon~と、

マジック ドラゴン以下の歌詞はうろ覚えでも、口ずさんでいるから、

訊ねると、

いま、小学校で歌っている、という。

昨今は、音楽の教本に載っているらしい。

1963年2月。

コーラスグループ、ピーター,ポール&マリイの歌として、シングルカットで発売された。

グループの一員、ピーター ヤローが友人が書いた詩に曲をつけたもので、かなりのヒットになった、と聞く。

それから、63年経っても、この日本で、幼く若い世代が気に入って歌う。

歌の持つ、時と場所を超え得る、偉大な力を感じますね。

 

とんでもないことに、

エセ平和主義者が、反戦歌ととらえたいようだが、

当時、ベトナムにのめり込みつつあった米国内ならばともかく、日本人が厚かましく、曲の能書きなど云々しないことだ。

ただ、パフという名の不思議な竜と、少年ジャッキー ペーパーの出逢いと別れを歌った曲です。

作曲者のピーターヤロー氏(リードボーカル) は、昨年 1月7日に他界した。

享年 86。

では。

暗いままの年越し。

シーズンパスも購入できたし、

残すは、いくたりの友人にメールを打ったり、電話をしたりして、年末の挨拶を送ることぐらい。

年賀状を廃して数年経つ身は、なにかと気楽。

暗い……、とは

クルマのナビゲーション画面が、数日前に真っ暗になってしまったから。

どうも見にくいよなぁ、が一週間くらいあって、それから、

画面がイナズマみたいに明滅、どうやらあれが断末魔だったようで、

今は、消したTV画面と変わらない。

なじみのガスステイションに見せて相談したら、

年末年始でメーカーも休みに入っていて、

年が明けて、修理(液晶画面の) or 更新を考えることになった。

困るのは、バックアイカメラの映像が見られないことだが、しばらくは我慢。

暗い画面を、この辺だったかと見当をつけて操作して、流れる音楽がリピートするようにできたから、それを聴きながら走っている。

遠出の予定もないので、気分はちっとも暗くありませんが、

ひとつ。

特別大会の日程詳細発表が、明けての 9日らしいから、

2月から3月の休み申請期限(=締め切り)に間に合わず、

まぁ、こっちも、出たとこ勝負で考えよう。

では。

昔はよかったか。

版権所属先:ジョータイム

「昔が今よりもよかったのはなぜか」と言うな。
あなたがこれを問うのは智恵から出るのではない。

……上は、紀元前930年頃に亡くなった、ソロモン王の言葉として伝わるもの。

実際に、イスラエルの王が発した言葉なのかは、もちろんどうでもよくて、

今から 3,000年前も、

人間は同じようなことをつぶやきながら生きていた。

そのことが興味深い。

人間性は不変、普遍ということなんででしょうか……。

健康診断の問診票に、

同世代の人に比べ、あなたは歩くのが、早いか、同じか、遅いか、の項目がある。

家人と連れ立って歩くと、僕のほうが遅れ気味になるので、

遅い、と答えることにしているけれど、

あれ、正しくは、〈時と場合による〉だよな、といつも思う。

こと、楽曲においては、

最近は、このくらいゆっくり、しんみりと楽しみたいので、この人のピアノばかり聴いている。

ところで。

ジョー氏からは、ラインとインスタ(の設定)を検討してよ、と迫られていて、迷っている年の瀬。

では。