正義は残虐。(麦秋の頃かつて)

六四事件から、ちょうど32年の日、相方が急に、

―あの日、あなたさん、黒いタイを締めたのよね。

ほぉ、当人はまったく忘れていましたよ。他愛ないもんだ。

年齢を加えた今では。

人民〈独裁〉の体制下。
独裁なんだから、ああいう収拾はフツーにありだよなぁ、と思うようになった。

たとい、自由主義の社会であっても、正義とやらによる断罪のむごさ、これは日常茶飯のことだもの。

  法の盾と正義の名の下に行なわれることほど残虐なものはない。

                       by モンテスキュー

ただ、それが自由主義であろうと、独裁体制であろうと、そこに在る人種(民族)間の不当な扱いには、同じ態度で臨みたい。

一方は気軽に論評、他方は知らんぷり。
それはないでしょう。

では。

〈コメント〉
☞つーさん  (6/14 6:34)
的を得ていないコメント
敵側から「捕虜の中から1人女を差し出せ。」との命令が来る。所謂、普通の女性達、兵隊達が「あなたはそんな商売してたでしょう。なら平気よね。あなたが行きなさいよ。」と捲し立てる。その女性は、恐怖で涙し震えながらも行かざるを得なかった。
昔読んだ本に、そんなシーンがあったのを何故か思い出した。
では、また。

上高地を 想ふ。

―これだけ人間が訪れないんだから、いまごろ上高地、楽園化しているんでは?

―いろんな意味で、生態系がくずれているかも知れませんね。

COVID-19で、ガイドの仕事が皆無になって久しいジャガー氏との会話。

山系によっては、梅雨明けを待って開業する山小屋もあるようだけれど、今シーズンはもうやらない処もあるとか。

テント背負って単独行で入山、という手があるが、各県は山へは来てもらいたくないんだろうし。

となると、ターミガン(雷鳥)。

人間の邪魔がなくなって、セイセイしてるんだろうか?

せめては、庭に盛んに咲きだした二輪草に、上高地を夢想しよう。

 

では。

 

それが 良識……。

9月入学、つまり、9月に新学年が始まる制度の導入が見送りになったようだ。

きわめて常識、というか良識的な判断でありましょう。

4月に新年度が始まるのは、ひとり学校だけのことではない。
学制だけイジれば良い、というのは、まことに浅はか。

軽いアタマが言い出したつまらぬ事案につき合わされるなんて、政府や官僚は、なんともお気の毒。

それでも政府は、海外留学の利便性もあるゆえ、長期的に検討していく、との報道が目につく。

やる気もないのに、とってつけたようなエクスキューズをするのはいけません。

全体の8割が、外国の学校を志向するような世情なら別だが、一握りの者たちのために、日本の学制全体を変えるとは、正気の沙汰じゃない。

フィリピンや南韓のように、米国在住権の取得願望が抜きがたい国民性でもないのだから、そんな世界は来るはずもないのに……。

では。

立原 道造 のタッチ。

立原 道造(1914~1939、詩人)は、東京帝大工学部建築科の卒業。
新進建築家としてデビュウした矢先、肺結核によって他界した。
信濃デッサン館(上田市)には、彼に関するささやかな展示室がある。


原稿用紙に書き込まれた詩文 (1934年11月頃の作)。



秋元邸新築外観デッサンと、平面見取図 (1938年5月6日)。

撮影禁止だったが、そこは倫理観乏しき萬年のこと、かまわずに盗み撮った。

ひっそりと小さな住居の考え方は、当時でも異色だったとは思うが、80年経ってさらに魅力的だ。

デッサン館はけれども、今は無期限で休館中であるから、読者諸氏に来館をおすすめできないのが、まことに残念なのだ。

では。

開田高原は、今。

地蔵トンネルを抜けて高原に入る頃に、雨が静かに降り出した。

シラカンバの森も、フキの葉も、濡れる。


湿原の中、たっぷりの水が流れ下る。
川底は、御嶽山が吹き上げた火山灰の、黒い地質。

訪れる人は少なく、まるでシーズンが終わるころの閑散。

開田を楽しむには、こうでなくちゃ……。

では。