遠くを眺める 夜明け。

凍えて固まった身体を緩めながら、この文を、綴っています。

ついさっき、午前5時48分から 2分間。

ISS(国際宇宙ステイション)が、ご当地の真上を通過していったのを、眺めていた。

いまだほとんど夜空の、北の方向。

雲の中から明るい光が現れると、ぐんぐんと、天頂にある北斗七星付近へと近づく。

そして、ヒシャクの形、取っ手の先のほうを通過。

やがて、夜明けの兆がみえだした、高ボッチの頂のあたりの上、南南東の方角に消えていった……。

ちょうど、隣のご主人が犬を連れて通りかかったので、

―あれがそうです、とお話しすると、

―へぇー、あれが。ありがたいものを観られました。

もちろん、その愛犬には、少々吠えられましたけれどね。

では。

年のいそぎの,バイシクル。

神社仏閣に詣でるような信心もなく、挨拶に回るようなつきあいも無くなってずいぶんと久しい僕なので、
あまり変化のない年末年始を過すことになる。

この寒い中、大掃除など狂気の沙汰で、ご勘弁。

ただし、一緒に過ごそうと、息子が家族で泊まりにやってきてくれるから、愉しみのひとつとなればと、バイシクル印のカード(トランプ)を、ひと箱新調した。

それが萬年式、年のいそぎ(支度)のすべて、といえる。

年中無休の職場ゆえ、年末年始も仕事にでかける。
だから、ますます非日常な生活からは遠くなって、ありがたい。

非日常から日常への復帰、が、けっこうしんどいのだ、僕にとっては。

……とか好き勝手をやっていると、同じように、無休の職場で働きながらも、家事の切り盛りを引き受けている家人から、
私だけが、とクレームが入るに違いないので、こういうことは、きわめて小声でつぶやくに限る。

いつ聴いても、バッハは、静謐でいい。

Silence  Of  Sound、とでもいっておきましょう。

では。

無題 ……。

数時間の眠りから戻ってきても、やるせない心は変わらない。

ホテルの23階から、9歳の少年が転落して亡くなった、母親の女性は、無理心中したかった、ともらしている……。

若い命がこういったかたちで現世を終えることのないように、というのが僕の祈りの一部であるから、そんなニュースには、すっかりやられてしまった。

某クラブの経営責任とか、28日になって届いた喪中葉書とか、そんなことはどうでもよくなって、キーボードを打つのが嫌になる。

というわけで、今日は、ひたすら快復を待つばかり。

では。

道化こそ、ココロと技量。

道化〉は、僕の言語感覚だと、動詞〈おどける〉に由来するように思うんだが、どうなんでしょう?

歌舞伎の世界ではかつて、観客を笑わせながら、劇を進行させる役回りを、道化師と読んだ。

興業時、劇場正面には役者の大看板が並べて掲げられた。

最初に主演、次に、面食いご用達の、容姿端麗な役者、3番目には、道化役、という順序。

二枚目、三枚目、という言い方は、そこから来ている。

歌舞伎における道化はその後廃れてしまったらしく、いま、僕たちが見聞きするのは、西洋風の、ジョーカーが主流。

あの白く塗りたくった顔に不気味な笑い、にはいささか食傷。

子どもゴコロに怖かった、あのチンドン屋御一行を、想い出すばかり。

でも、道化の本質は、その容姿の仰々しさではなくて、その内面だろう。

英国では、ジェントルマンである証明は、(経済的な基盤はともかく)、たとえ、リング上に這いつくばってカウントテンが告げられる寸前であろうとも、窮地に追い込まれた自分を、冷静に突き放して眺めていられる精神を持つこと、なんだそうだ。

自分を笑えること、自分を使って他人に笑いをもたらすこと。

そこにはかなり強靭な精神が求められるから、道化とは、大人であることの一側面ともいえる。

こういう映像を観ると、もちろん、西洋的な道化をすべて否定してもいられない。

エンターテイナー、ですから。

では。

分相応 と不自由を愛せ

タムっ、という音でドアが閉まるような車もいいよな。

……と思ったこともあったが、そういう気持ちも、いつしか消え失せた。

バムっ、で上等、分相応に暮らせ、というのが、亡母の遺言なんだから。

持ってる車がステータス、なんてのは、遠い遠い過去の話。

何故かというと、現在、すべての車種において、それなりの仕様が装備されてしまっている。

実際、僕の使っている車のエンジンは、頼んでもいないのに DOHC (カムシャフトが2本有って、高速回転に適す) であるし、レギュレータハンドルもなくて、ボタンひとつでウインドウのガラスが上下する。

パワーステアリング、なんてのは、もはや死語ですな。

個人的には、SOHC (シングルカムシャフト) で十分。
自然過給式の、非力、かつ素直に吹き上がってくれるエンジンでいい。

走って、曲がって、止まることがストレスなくできれば、グッド。

ジャガー氏の知り合い(女性)は、脳の老化をおそれ、現行ジムニーの、わざわざマニュアルシフトを選んだ、というから人それぞれ。

ところで、サイズ、これがやっかい。

特に車幅が、北米向け輸出規格に引っ張られてしまうのか?、3ナンバーで大きくなるばかり。

こうなると、ロータス エリーゼが、車両重量を少しでも削ろうと、パワーウインドウですらない、そんな姿勢が新鮮に映る。

エコ、とか言ってるのに、車ばかりが豪勢になっていいのかね?、とつくづく思う。

しかも、力づくで電動化に突っ走る、この世界。

そんなわけで、昔々の(現行ではない!) ミニクーパーに出逢うと、ホッとします。

では。