ひらめきは,突然にやってくる。

……というのは、ほとんどあり得ない。

かのアイザック ニュートン氏は、

つねに地球の中心に向かう力(重力)について思案し、仮説を立てていたからこそ、

たまたま、リンゴの実が樹から落下するのに出くわした時、グラビティ(重力)を確信したに過ぎない。

(このエピソードが本当にあったのか、または、後世の創作なのかに関係なく)

以前から、

和菓子司〈藤むら〉の商品を楽しんでいる僕が、

一昨日、似たような経験をした。

つまり。
前々から心のどこかにに引っかかってはいたが、

お店の名を、漢字とひらがなで分かち書きし、

藤村としていないのは訳があって、

決して洒落でやっているのでなく、

もし、漢字二文字にすると、

この地では多く、〈とうそん〉と読まれかねないからなのだ!!、

……という確信が、ふと、こころに湧きあがったのです。

そう、あの島崎 藤村 という筆名が有名であるために。

きっと、そうに違いあるまい、と僕はただちに、200%決め込んでしまった。

もっとも。

島崎 藤村とは、本当は!!、しまざきふじむら、と読む。

なぜなら。

藤子 不二雄(漫画家) と同じで、ふたりの作家による共作を、

〈島崎 藤村〉名義で発表していた、というのが僕の推定なんだが、

世評、どこを調べても、そのような記述がなく、

まったくもって、不思議というしかないのであります。

では。

素晴らしきかな,2025年。

何故か?、と言えば、

僕の好きな画家ベストいくつかのうちの、

ふたりの展覧会が、日本国内で、巡回展として開催されるからだ。

パウル クレー(1879~1940)と、トゥールーズ de ロートレック(1864~1901) のふたり。

このうち、ロートレックのほうは、すぐ1月には、松本市美術館にやってくるから、

ま、僕にとっては、(存命中の) 千載一遇のチャンスともいえる。

その気になれば、(時間と予算は要するものの) 何度でも、観られるわけ。

ロートレックは、エドゥアール マネ(1832~1880)のような革新性、思想性(☜素晴らしい!!)には欠けるけれど、

自分の趣味と興味に没頭し尽くす点が、

この作家の美点なのだから、そこの追求には魅せられるものが多い。

クレーのほう?

僕からすると、その作品が、

あれだけ斬新、かつ、エモーショナルなものを拒否しておきながら、

人を包容し、魅了する不思議さは、ちょっと比類するものがない。

つまりは、絶賛ですね。

こっちは、名古屋、あるいは、静岡での開催を狙うつもり。

どちらも。

半端な解説には目と耳を塞ぎ、時代うんぬん、人柄うんぬんなどはまったく棚上げして、

ひたすら作品群と対面して楽しむのであります。

では。

『賢者の贈り物』とまではいかないが。

娘が昔、

プレゼントしてくれた〈41 STORIES by O.HENRY〉(ペンギン社ペーパーバック2007年版)。

『賢者の贈り物』(原題、The Gift of the Magi)は、その中でも強調して紹介されているから、

作家O ヘンリー(1862~1910)作品中の、もっとも有名なひとつだろう。

……One dollar and eighty-seven cents. That was all.

(1ドルと80セント、それがすべてだった)で始まる短編。

そして、And the next day would be Christmas. …そして、翌日はクリスマスだった、と続く。

若く貧しい夫婦が、伴侶のためにと、

妻は自慢の髪を売って、夫は祖父の形見である懐中時計を質に入れて、選んだプレゼントとは……。

(と、筋をあからさまにするといけませんので、ここくらいにボカシますが)

ヘンリー作品の真骨頂である、皮肉ななりゆき、が結末に用意されていて、

でも。

夫妻にとっては、最高のクリスマスプレゼントだった、というほろ苦くもハッピーな、人生の〈真実〉を、読者は味わえる。

真実とは、本当に起こったこと(事実)でなくともかまわない、作家が嘘(虚構)をこしらえて、

人生や人間が、本来、こうで在ったらいいなぁ、と希求する姿でありまして、

文芸とは、そういうものを、読み観る者に与えなければ価値はない、と僕は思っています(かなり真剣に)。

昨日。

僕が、家人と楽しもうと購ったのが、れーずんくっきー(by藤むら)。

で、家人が、僕の好みだからと、テーブルに置いたのが、みすゞ飴。

O.ヘンリー様に、勝手にあやかって、

ささやかな賢者の贈り物の夜、でしたとさ……。

では。

註☞ 賢者(magi、英語の発音は、メージャイ)とは、新約聖書マタイ伝の中、神の子(新しい王)の誕生を、星の動きで知り、東方から、贈り物をたずさえてやって来た、三人の博士のこと)

素晴らしき洋菓子屋の 巻。

年老いた僕の中で、

もはや、クリスマスとケーキは、セットでもなんでもない。

まるで、大掃除と年末がセットでないように。

(だれが、この寒風の中、精出すものか、そんなのは暖かい時にやるさ)

けれど。

― あぁ、ケーキ食べたくなっちゃったぁ、あたし、モンブランが好きなのよ。

と訴えられて、

― なにも、今日でなくとも、と返したくなるのを、グッと抑えると、

― スーパーかコンビニので、よろしいかと。
いやいや、コンビニもなかなか精進していて、クオリティが高いよ。

うーん、シャト〇ーゼは、ケーキはあまり自慢できないしねぇ、

などと、鶴首相談の結果、

某スーパーの横にかまえる洋菓子屋に行ってみることにした。

それが、クリスマス当日の、午後4時過ぎのお話。(僕は運転手)

で、訪ねてみると。

お店は閉じていて、それこそ真っ暗。

僕には、すがしすがしい笑いと感動がこみ上げてきて、しかたがない。

クリスマスに閉店してですよ、

しんみりと、ひそやかに過ごすケーキ屋さんが、あるなんて。

これこそは、

前投稿で僕が論じたところの、

世界的に稀有な、奇々怪々のクリスマスを過ごす日本文化への、孤立無援とも言える挑戦でありましょう。

結局。

家人は、お隣のスーパーで、ロールケーキをひとつお買い上げ。

僕も、とどこおりなくお相伴にあづかったのであります。

今日、職場で。

その話を、ジョー氏にすると、

彼は、前日のイヴまで、死に物狂いで働いたであろう従業員を休ませた説、を主張するのです。

さて、読者諸氏のご説は、いかがでありましょう?

では。

神の子なしのクリスマス。

クリスマスとは、もともとなにを祝う時季か?

……などと、今更、野暮な話はする気はありませんが、

これほどキッパリと、自分たち、要は、人のためだけに過ごすのは、我ら日本人だけだろうな、といままで、気恥ずかしく思ってきた。

1900年頃、いまから 120年以上前のこと。

東京府下、京橋にあった(今もある)某商店の、歳末(に近い)売り出しに利用されて以来、ずっとそのままの性格でやって来た日本を。

リバプールFCでプレイする、サラー(エジプト出身)が、いつだったか、この時季に自宅で過ごす家族の様子を、SNSで公開したことがある。

その時、居間にクリスマスツリー(らしきもの)が飾ってあるのが、映し込まれていて、それを観た人々の反応のひとつは、

おいおい、それ、まづいんでは?、だったと記憶する。

出身地からして、ムスリムとの信仰的な兼ね合いは、どうなの?、という心配なんだろう。

まぁ、これが世界標準の反応、感想なんだと思う。

しかし、最近。

僕は、日本人独特の、〈神の子のいない祝祭〉は、

実は、世界に対して、表明、刻印しておくべき重要な年中行事に思えてきた。

日本および日本人が、この島国にあって、地球で安全に生き延びるためには、

……普段は、だいぶ不可解で奇妙なところが多いけれど、平和を愛好する人々である。
ところが、ひとたび、かれらを圧迫、侵害したら、それはそれは狂信的で、徹底的な反攻と攻撃を受ける……。

そういう民族と民衆であること(と思ってもらうこと)が、極めて大切だ。

日本に手だしをすると、こっちがヤラレル、そういう定評が。

であるから、世界一般には理解できないような、クリスマスの過ごし方は、

我々の〈不可解さ〉〈ユニークさ〉を際立たすため、

今後も続けるべきならわしのひとつ、でありましょう。

では。