レボリューションの予感 (大宮戦レビュウ❷)

大宮戦ではじめて姿をあらわした、これからの山雅サッカー。

プレビュウで、僕が注文をつけたことへの〈答え〉の、

いわば、革命的な点ふたつとは……、

❶あくまでボールを獲りにいく。
思うに。

それを、〈厳しい球際〉と呼ぶのは、間違ってはいないが、正確ではない。

大宮戦の 90分間、ズッと間断なくおこなわれていたのは、

相手のボールホルダーの動きと視野窮屈にする、牽制する、といった程度のことではなくて、

ボールそのものを奪いにいく行為だった、と思う。

たとえば。

#8 深澤が魅せた、2度、3度と執拗に繰り返すボールへの突進。

あるいは、

大宮の攻守の起点(=リンクマン)として目立った杉本を、

タッチラインにまで追い詰め、身動きさせずにボールを入手しようとする、センターバック#43 金井の守備。

これを徹底したからこそ、

次に、では、

手に入れたボールを、どうやって攻撃につなげるのか?、というテーマが切実に浮かんでくる。

❷才気。

同じように、90分間持続したのは、活発な頭脳の働きだった。

時間の経過とともに、〈知力〉という体力が衰える、というのが昨季のゲームルーティンだった

先制されたら、もう終末が予測される、逆転はたったの一度、が、その象徴。

それからしたら、かなり画期的な変革だ。

……すると、ここから導かれる結論とは。

得点を挙げる、アシストを記録すること以上に、

ボール奪取に注力し続けない、かつ、つねにフレッシュなアタマで戦えないプレイヤーは、

ゲームに出られないのが今の山雅である、と。

だから、

あの2つの失点を、

個人技が光ったビューティフルゴールで致し方ない、とせずに、

阻止する方策が、チームに示され共有される山雅のはず、と思っています。

では。