順当な負けの〈正体〉(金沢戦レビュウ❶)

無得点のドローや、0 – 1 の僅少スコアでの敗戦が続くから、大騒ぎになりにくいが、

実相は、

停滞や閉塞というよりもむしろ、瀕死、に近いのかもしれない。

チームと、その闘い方について。

これは、リーグ戦績(順位、昇格うんぬん)どうこうでなくて

やってるサッカーの (観る側からの)面白さ、爽快さに通ずるものにおいて。

時の運があるから、勝ち負けのどちらも現れるけれど、

勝っても負けても、〈ああ、やり切ったね〉という、納得感とでもいうもの。

たとえば、僕のいう定番的な攻撃方式による安定感。

だから、敗戦時は、陰々滅滅で、空疎な心情を、僕にもたらす。

金沢戦を、ひと言で評すれば、

あれだけ、特に中盤でのボール回収率が、相手にずばぬけて高ければ、ゲーム基調はこっちに来ないので、

あわよくば、のこっちの攻撃が成就しない限り

山雅に勝機は来ないから、したがって、正当で、順当な敗戦だった。

ロングボールの行き来ひとつをとってみても。

(他のゲームは知らないが)基底ラインからの組立ては一切棄てて、ゴールキーパーからは、ロングフィードのゴールキック一本槍。

で、最前線に入れて、落ちたボールをシャドウとボランチが回収する。

逆に、大内からのロングフィードは、センターバックが競って落として、それもボランチが拾う。

山雅のほうが走っていない、の評価は見当違いで、

あらかじめそうやると金沢が準備しているから、あっちの位置取りとスプリントが早いだけの話。

こっちは、手当て手当ての走りとなるから、つまり、後手後手を踏むから、ボールへの到達度で負け、無理して挽回しようと、ファールを冒す。

この繰り返しが底流ですから、

やっと手にした攻撃の局面で、プレイヤーのポジション獲りも遅れがちとなって、攻撃に手間取って、相手の守備網に引っ掛かる。

これを、金沢首脳陣のスカウティングの優秀とみるべきかどうかですが、

すくなくとも、当方には、金沢方式を崩す、チームとしてのアイデアは見当たらなかった。

で、負けの根本原因、つまり、正体とは、

チームとして必ずやると取り決めしている規律、規則の有り無しといえましょう。

面倒だから、これを短く、〈格率〉と呼ぶことにしますが、

観ている側の憶測に過ぎませんけれど、

格率が不鮮明なまま、ここまで来ちゃったチームは、さて、どうするね。

では。