このゲームの本質 (2025.3.29 FC岐阜戦レビュウ❶)

アディショナルタイムでの、同点ゴール被弾により、

1 – 1 のドロー。

ゲーム100分の、ほぼ半分の時間を 1人すくない 10人でやる急場しのぎの戦法。

双方に、乱れ飛んだ黄赤のカード。

― そういったもろもろがあれば、直感と感性が邪魔をしがち。

くれぐれも、

今後、修正するべきゲームの本質をも見失うオソレもあるので、注意せねば。

さて。

ひとつは、勝ち点の胸算用。

5ゲーム消化して、うち、アウェイが 4つ。

ホームで勝利、アウェイでは、少なくとも勝ち点 1 が目安。

なので、奈良戦の勝ち点 0 がいただけないだけ。

勝ち点 6 は 目標の ▲1 に過ぎないから、それほど悪くはない積み上げ。

ふたつめは、ゲームをよく見つめよ。

❶前半と、後半退場者を出すまでの、山雅の低調の原因は、

陣形が、縦に間延びして、連動性に欠けたことに、ほぼ尽きる。

岐阜が冒頭からやってきた裏狙いのロングボール作戦におじけづいたのか、

それとも、強風への対応のつもりだったのか、
(風は、おおよそホームからバックスタンドに吹いていたのに)

とにかく。

最終ラインが下がり過ぎてしまい、そこと中盤(ボランチ)とのスペースが空く。

さらに、前方に追い込みをかける最前線の動きが孤立気味になるから、全体に締まりがなくて、統率されていない。

だから、空いたスペースに、相手のボランチ (#10など)にそこにスッと入られては、左右への配球や縦パスを、容易にゆるしてしまう。

プレイヤー同士の距離が遠い分、セカンドボールも拾われまくり。

この傾向は、相手フリーキック時の、ライン形成の高さにも出てしまっていた。

コーチングボックスからは、盛んにラインを上げよ、との指示が出る始末。

なぜ、こういったライン設定と陣形の間延びが出てしまったのか?

チームはキチンと分析して、修正をかけるべし。

ボールが手に入らないサッカーに堕したので、

結局は、大内からのロングボールだのみと、

低い位置からのカウンター攻撃一辺倒の、貧相なやり方になった。

これは、僕のいう〈強者のサッカー〉では、決してない。

なぜなら、ボールをこっちの意思で動かせていないのだから。

❷ゆえに、むしろ 10人になったことによって、(押しつけられて)やることが明白になったぶん、

山雅としてはゲームが締まった、と言える。

皮肉にも、〈弱者のサッカー〉を余儀なくされたわけ。

5 – 3 – 1、いや、石山 青空はシャドウ的に配して、5 – 2 – 1 – 1 の陣形を敷いた。

ただし。

菊井 悠介ワントップは、やはりフィット、機能がむづかしい。

やたら盲目的にクリアを蹴り出すのは、徒労です。

あそこは、ルーカス バルガスを置いて、

そこを目がけて、ロングフィードとクリアボールを集め、周囲でこぼれを拾っては、時間を経過させるべきだった。

その場合は、4 – 2 – 2 – 1で 、

菊井と石川をシャドウに、ツーボランチは、大橋、村松だったんではないか。

途中投入の彼らは、チアゴ サンタナを含め、なにかと非定常なゲームによく対応していたと思う。

もともとが、20数本シュートを打たれまくり、こっちは せいぜい 5~6 本の惨状なんだから。

同点弾は、フッと空いたスペースからフリーに足を振られたもので、どうこう言っても始まらない。

11人いても、いまだ土壇場の被弾をするチームゆえに、

10人であそこまで持ち堪えたのは、むしろ上出来、と考えます。

では。