天使は, 静かに微笑んでいる。

数日前のこと。

2歳半の子に贈るには、仕掛け絵本は、どうだろう?

ページをめくると、画が立体として起き上がってきたり、

タグをひっぱると、絵の中の品物が、こっちからあっちへと動いたりするやつ。

そこで。

駅前の丸善なら、すこしはマシな品揃えをしてやしないか、と思い、

夫婦で物色しに出掛けた。

入店して、エスカレーターで2階に上がったところには、テーブルがあって、

これからのシーズンを反映したテーマで、仕掛け絵本が、山と平積みになっている。

そこには、男児 (おそらくは小学生未満、保育園の年長とおぼしき)がひとり。

次から次へと、絵本をあちこちしていた。

夫婦が、どれどれ?、と端から手に取り始めると、そっとそばに来て、一緒にページをめくる風情。

― ここをねぇ、こうすると、ロケットが飛び出すよ。

― ほらね、虹が、つながるんだ。

今が始めて試す手つきではない調子で、それはそれは、丁寧なレクチヤアが続いた。

おかげで、数ある中から、お洒落な、かつ、手ごろな価格の絵本に決まった。

けれど、そうこうするうち時間も経っているから、

一緒に来店したであろうご家族が心配していないか、と気にかかる。

聞けば、母親と同行らしい。

店内を捜して、この子をお返ししなくちゃあ、と家人が、

― お母さんは、黒い服着ているの?

捜しやすくしようと、母親の特徴を聞き出そうとするが、横に首を振っているばかりで、要領を得ない。

本人には、不安で寂しそうな様子が微塵もなくて、

碧いフレームの眼鏡の奥では、つぶらで大きな瞳が、柔らかく笑っている。

すると、売り場のそばに居た、同じような年恰好の子を連れたご婦人が、

わたしがその子が母と一緒になるまで様子をみていますから、という感じで引き取ってくださった。

都合30分も使わず、迷うことなく済んだ絵本の購入。

……あとになって、僕は考え続けているんだけれど、

あのなんとも言えぬ落ち着きと、柔和。

しかも、月曜日のお昼近くに、書店にひとりきり。

たとえ、あの子が、この街のどこかに、実在の人間であろうと、

僕ら夫婦にとっては、遣わされた天使であった、に違いない。

では。