チームと共に歩む (FC今治戦レビュウ❸)

快勝、みたいな書きようで、メディアも煽るだろうし、

見栄えするスコア(2 – 0)で勝ってしまったので、

変な勘違いが、山雅界隈に生まれやしないか?、が前回投稿の結語でした。

ソネさんから、これと似かよった話を聞いたのが、月曜日。

― どうして、アウェイだと、のびのびとやれるんでしょうかねぇ?
たとえば、ひんぱんな嘆息とか、最終ラインでのボール組立て(バックパス)に不満を表明する、といったホームの雰囲気だと、プレイヤーが委縮してしまうんじゃあないか、って声を聞いたことありますよ。

なるほどね。

チームの変化、変容を容認できない気分が心の奥にあるから、眼前でミスや失点を見せられると、そこばかりを責めてしまう?

ゲームやプレイに関し、個人がどう感じようがかまわないが、スタジアム全体に負の評価が満ち満ちる、ってのはどうもねぇ。

以前、書いたとおり、

負けはしたが、チームとしてかなりの進化を魅せていた鹿児島戦での、南ゴール裏からの盛大なBOO。

あれは、やり場のないフラストレーションを安易に、結託してぶつけただけの大人げない行為であったから、僕は否定する。

ついに、サポーターのほうからワンソウルに亀裂を入れた日、になった。

長野戦でやって味をしめたんだろうが、ふたつのゲームは、質として決定的に違う。

(その長野戦にしても、苦しいチーム事情による切羽詰まったやり繰りがあったはず)

同伴するならば、よくゲームを観ることです。

子が宿題に苦しんでいるのなら、励ましてポジティブに見守る。

そう、ありたい。

複数得点でようやくセーフティ、といった現実はあるにせよ、1 – 0 やタイスコアの時、終盤80分になっても、更に得点を狙いにいくのが、今の山雅。

実際、今治戦89分の、2得点目のシーン。
常田が頭でボールをフィードしようとした瞬間、

小松ばかりではなくて、橋内、篠原、渡邉のすべてが、ゴールに向かって動き出していた。

かなり象徴的なシーンではないでしょうか。

では。