草いきれ に久女を。

タチアオイが咲き出したら、もうすぐ、炎暑の夏。

草むらに踏み込むと、ムッとまつわりつく、あの熱気を、〈草いきれ〉と呼ぶ。

補虫網を持って山野に入って行く少年。

彼は、その草いきれの中で、虫たちの喧騒と夏の静寂に、ふと立ち止まる。

やがて、少年は大人に成った、その或る日。

夏の炎天下、路上に落ちた自分の影に、もはやこの世を去った人々を想い出すだろう。

杉田 久女 (すぎた ひさじょ、本名 杉田 久、1890 ~ 1946年) は、近代最初期の俳人。

いままでは、先駆的な、才ある女性の苦悩と人生、みたいな切り口で多く語られて来たが、もうそんな時代でもなかろう、と思う。

だから、僕の好む久女の作品も、世が代表作として拾ったものでもなくて、次のようなやつ。

草いきれ 鉄材さびて 積まれけり

この句、大正から昭和初期にかけての頃に詠まれていますが、こういう景色を採り上げる感覚は鋭くて、懐かしみさえ覚えます。

そこで、 萬年がよめる、返歌のようなものひとつ。

虫取りの 少年黙す(もだす) 草いきれ

ところで、久女が亡くなって数年後。

1952年、実父の故郷である松本市の赤堀家墓地に、分骨がおこなわれた。

今は、蟻ケ崎市営墓地に眠る久女。

で、ほんの、おまけの話ですが、

そのすぐ近くには、川島 芳子 (1906 ~ 1948年) の墓所が在ります。

では。