友人のT氏、最近散歩するようになったら、至極体調が良い、とのこと。
―朝5時にスタートして、とにかく自宅から 2キロくらい遠くまで行ってしまうのがコツでね。
こうするとあとは適当に歩いても、家に戻ってみれば、そこそこ距離が稼げてるんです。
―散歩を始めてみてわかったが、けっこう多くの人々が歩行にいそしんでいる。
自然、すれ違うことになるから、挨拶も必要になるわけ。
でもね、挨拶ができないのが、多くてね。
これは萬年も実感していることで、キチンとした挨拶について、成人は若い世代にはとても胸は張れない。
模範とは(相手に)求めるものではなくて みづから示すもの 。
齢を加えると、それがますますできなくなるわけだ。
長ずるにつれていつしか挨拶を忘れる、のは個人的な人品の劣化ではある。
けれど、民族として挨拶の様式美を確立できないまま放置してきた、という日本人全体の怠慢にもよる、というのが萬年説。
得意先やお客様に対して、上体の折り曲げ角度にまでこだわる律儀な礼。
こんなのは商売という功利が動機だから、取り立ててホメたことでもないが、見ず知らずの人とフト行き交う時の、さりげない笑顔の作り方を日本人は身に着けていない。
家庭的/社会的な訓練をほとんど受けて育たない。
一期一会、と言いながら……。
エレヴェーターに二人きりになった時の、なんとも言えぬ気まずさを考えてみて下さい。
だいたいが視線を合わさず無言で、憮然として上下しているはずだ。
―でもね、行き交う時、挨拶を巧くやる方法をみつけました、とT氏。
ほぉ、どういうふうに?、と訊ねたら、
―うん、すれ違う直前、帽子(たいていはキャップ)のひさしに手をそえて、そっと上体を前かがみにする、軽く会釈する感じでね。
これだと、相手には(無言でも)敬意が伝わるし、相手の反応にいちいちわずらうこともない。
なるほど、帽子にはそういう効用もあったのか。
……ただ、エレヴェーターの課題は依然残りますけれど。
では。
〈コメント〉
☞つーさん より (9/4 16:08)
犬の効用。
毎日夕方、一時間ほど犬の散歩に出かける。以外とこの時間、歩い
人や自転車とすれ違う時、念のため犬を座らせる。大概すれ違う人
犬を連れてるだけで、怪しい人が動物を可愛がる優しい人に変わる
では、また。
☞萬年より (9/4 22:30)
犬を活かす、ということですね。
この前、菜園の草むしりをしていたら、柴の子犬を連れたご婦人とご挨拶。
子犬のため遠慮なく寄ってくる、そんなことがありました。
黒犬を 行燈にする 雪の道(柳多留より)、はまた別の効用。